第9地区



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

南アフリカ共和国の都市ヨハネスブルグ。1980年代初頭に出現した巨大な空飛ぶ円盤は、どうやら故障の為に立ち往生してしまったらしく、結果として多くの宇宙難民が南アフリカに押し寄せる事態となった。大勢の異星人が押し込められた都市近郊にある第9地区はスラム化し、近隣住民とのトラブルが絶えない。そこで政府は都市から離れた場所に第10地区を作り、異星人たちを強制的に移動させようとする。その責任者に選ばれた役人のヴィカス(シャールト・カプリー)は、結婚式に次ぐイヴェントだと大張り切りで、傭兵たちを率いて異星人たちの住居を一戸ずつ立ち退き宣告をして回るのだが。


1年に2-3本は、映画ファンで良かったと思える映画にぶつかるときがあります。思いもしなかった不意打ちを食らったとき。期待をしていたら、それ以上に楽しめたとき。そんな映画との出会いです。ピーター・ジャクソンに発掘された男、ニール・ブロンカンプ長編映画監督デヴュー作『第9地区』は、間違い無くそんな映画の1本です。


都市上空に停止している空飛ぶ円盤と、異星人が住み着いている南アフリカのスラム。テクノロジーは発達しているのに、キャットフードに目が無い「エビ」と蔑称が付けられた異星人。その異星人の強力な武器と、パワードスーツのようなロボット。デヴィッド・クローネンバーグの傑作『ザ・フライ』(1986)を思わせる肉体の変容。主人公の行動原理にある「妻の元に帰りたい」という心理。生態認証の武器は、ジョン・スコルジーSF小説『老人と宇宙』にありました。等と、既視感のある要素と観たことも無い要素を組み合わせ、悪名高いアパルトヘイトをしていた南アフリカを舞台にし、人間の差別意識を前面に出しながらも差別を普遍的なものとして描き、皮肉で風刺が利いた人間ドラマとして成立させながら、飽くまでも娯楽SFアクション映画に徹しています。


インタヴュー映像や同行取材画面、監視カメラ映像などを交えながら、ニール・ブロンカンプは映画をモキュメンタリの手法で始めます。そう、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999)や、『パラノーマル・アクティビティ』(2009)のような、疑似ドキュメンタリのことです。しかし映画が長い長い助走を終えて本格的に転がり出し、加速が付いてくると、ブロンカンプはその手法に囚われずに劇映画として進めていく胆力が備わっていました。モキュメンタリ手法の呪縛に囚われて失速せず、飽くまでも手法は映画に奉仕するものと割り切ったそのバランス感覚が、新人であっても鋭い嗅覚の持ち主であるとの証拠です。また、様々な要素を持った内容でありながら、それらは観客を楽しませるべく放り込まれたものに過ぎず、娯楽に貢献する為の部品であると徹した点に、作者たちの抑制と知性が感じられます。


映画が面白いのは、多くの人が嫌悪感を持つであろうエビのデザインや描写があるにも関わらず、観客に強制することなく感情移入させ、逆に主人公であるヴィカスには冷めた目線を投げかけていることです。いやむしろ、ヴィカスの必死さがサスペンスを醸成するというのに、敢えて感情移入を拒否させるような行動をさせています。ヴィカスはシャールト・コプリー(ブロンカンプの友人であり、本業は映画監督・プロデューサーだそうです)という男の好演もあり、適度なボケが可笑しく、明らかに凡庸でありながらも、人好きのする良くも悪くも単純な男として面白く描かれています。彼自身はエビを差別していながらその自覚がありません。やがて差別される側の気持ちも分かって行くようですが、何故そうなるのか、ここでは触れないでおきましょう。ともあれ、無名の俳優が演じる主人公が決死の状況に陥るとなると、有名スターだと生存率が高まるという法則も当てはまらず、当然のようにスリルが盛り上がります。


先に抑制と書きましたが、幸いにもブロンカンプは自らのパワーの解放にはそうしていません。予想も付かないあれよあれよの展開を見せ(まさか相棒映画になるとは思わないでしょう?)、男子の夢を放り込んだ闇鍋のごった煮パワーは、かくも下品に、かくも全力疾走します。グロテスクな描写も散見されますが、あっけらかんとしたもの。むしろ豪快且つ気前良く弾け飛ぶ血しぶきと人体破壊描写は、笑いさえもたらします。この作風は、本作のプロデューサーでもあるピーター・ジャクソンの傑作スプラッター・ゾンビ・ホラー・コメディ、『ブレインデッド』(1992)に通じるのが面白い。そして引っ張りに引っ張っての終幕におけるヴィカスの大奮起と、半ばやけっぱちのような乱射乱撃の大アクションとスペクタクルの釣瓶打ちは、圧巻と同時にカタルシスをもたらします。その後のヴィカスの妻への愛情が伏線となっていたラストで、笑わせつつもしんみりとさせ、かくも大団円を迎える見事さ。前半でヴィカスの妻への愛情がもう少し描かれていれば、行動と動機がさらに力強く感じられただろうに、と思わせなくもありませんが、自らのストーリーテリングと活劇センスに対する信頼を疑わなかった、これは驚異的な新人の誕生を目撃する喜びが得られる傑作なのです。


第9地区
District 9

  • 2009年 / アメリカ、ニュージーランド / カラー、モノクロ / 112分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):PG12(戦闘下での数々の殺傷の描写は見られるが、親又は保護者の助言・指導があれば、12歳未満の年少者も観覧できます。)
  • MPAA(USA):Rated R for bloody violence and pervasive language.
  • 劇場公開日:2010.4.10.
  • 鑑賞日時:2010.4.13.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ港北ニュータウン12/ドルビーデジタルでの上映。公開4日目の火曜朝9時25分からの回、180席の劇場は10人程度の入り。
  • 公式サイト:http://d-9.gaga.ne.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、壁紙、スクリーンセーバー、異星人居住区地域警報システム(笑)など。