キャプテン・フィリップス



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

2009年4月。救援物資を運ぶアメリカの貨物船マークス・アラバマ号は、ムセ(バーカッド・アブディ)をリーダーとする武装した4人組のソマリア海賊に執拗に狙われ、やがて乗っ取られてしまう。船長フィリップス(トム・ハンクス)やクルーらは、何とか危機を打開しようとするが。


数年前の実話を基にした映画だ。日本では安い感動実話路線、美談路線に見える宣伝で大いに損をしていると言わざるを得ない。何たって監督は硬派のポール・グリーングラス。『ボーン・アルティメイタム』、『ユナイテッド93』、『ボーン・スプレマシー』といった、臨場感満点のハイテンションなアクション・スリラーを連発している名手である。ドキュメンタリタッチの映像と無駄の無い話運び、感傷に流されずに冷静な視点を維持しながらも、怒りを抱えた作風が身上の監督だ。その彼がお涙頂戴の安っぽい人情ドラマを作る訳がないではないか。だからこの映画は本来、アクション・スリラー好きにこそお勧め出来る作品なのだ。


本作は序盤から不穏な気配を湛え、やがて緊迫感満点の展開へと移行する。実話ベースとはいえ辛気臭さは微塵も無い。誤解を恐れずに言えば徹頭徹尾、娯楽アクション・スリラーであろうとする。はっきり言って面白い。海上から襲い来る海賊との攻防戦、船内に侵入されてからの虚々実々の駆け引き。後半にはアメリカ海軍や特殊部隊まで投入される救出作戦にまでスケールが広がる。実物の軍艦が登場する画は、やはり衝撃的なものだ。しかも余計な会話場面や説明場面など無くても、人間が描けている。いわゆるドラマ場面が無くとも、人物の言動を描く事でその造形がくっきり浮かび上がるのだ。私は観ながら70年代のハリウッド娯楽アクション映画を思い浮かべていた。行動のみを描く事により、その人物像を浮かび上がらせる秀作の数々を。少なくとも『フレンチ・コネクション』や『ブラック・サンデー』等はそうではなかったか。事件とそれにまつわる人々のアクションしか描かれていないにも関わらず、あれらの映画をドラマ性が希薄だと批判をする者は居ないだろう。本作もそうなのである。徐々に加速していく映画は、事件の経緯を描きつつ、同時にフィリップスとムセという2人のリーダーに焦点を当てて行く。フィリップス家の状況は序盤でしか触れられないが、彼には既に独立した男の子が2人いるらしい。それが彼の海賊への視線にも影響しているのが分かるようになっている。一方、ムセは元々は漁師だ。それが何故海賊になったのか。映画同様にここでくどくど述べるつもりはないが、ドラマ性と社会性を盛り込みつつ、それでも映画は緊迫感を限度いっぱいまで上げて行く。これは全く見事であった。


と、同時に、こんな事も考えてしまった。もし日本でも同じような題材を映画化したら、こうなっただろうか、と。フィリップス家の実情、海賊らの境遇をお涙頂戴に描きつつ、皆悪くない、悪いのは社会であるとばかりになるのではないか。少なくとも、このようなジャーナリスティックな視点での娯楽スリラーには出来なかっただろう。まぁ妄想ではあるが、ふとそんな風に思ってしまった。


もっともこのジャーナリスティックな、しかし怒りが込められた視点は、ポール・グリーングラスならではとも言える。例えば娯楽アクション・スリラーの傑作である『ボーン・アルティメイタム』。序盤の駅構内の場面に、言論抹殺に対する怒りを感じるのは難しい事ではない。しかもあの場面は、アクションとしてもスリラーとしても屈指ではなかったか。グリーングラスは、現代では珍しくなってしまった、娯楽アクション・スリラーと社会性を共存させられる骨太な監督なのであるのだ。


トム・ハンクスの終始耐えつつも、終盤の感情の爆発を見せる演技もまた、素晴らしかった。私はその演技に感動してしまった。人間の剥き出しになった原始の感情が観られたようで。宣伝会社の意図と全く違って、私がこの映画に感動したのは、何よりも素晴らしい映画であるという事、そのハンクスの演技が素晴らしい事に対してである。そこには美談や涙とは一切関係の無いものだ。そしてハンクスは間違いなく現代の名優だと、改めて感じた。一方、これが演技初体験という、ソマリア出身のバーカッド・アブディも素晴らしかった。徐々に海賊となっていく、度胸と頭脳を備えた漁師。だが彼もまた、追い詰められていくのである。


映画は映像設計も見事で、舞台の広さや大きさだけではなく、人物の位置関係もきっちりと観客に分かるようにされている。単なる手振れ撮影の細切れ編集映画ではない。緊張感を上げつつ、最低限の情報の伝達が抜群に上手いのだ。グリーングラスの右腕編集者、クリストファー・ラウズの名前は覚えておこう。


キャプテン・フィリップス』は観終えた後も、心に何かが残る映画である。それは娯楽アクション・スリラーとして以前に、良い映画の証しでもあるのだ。是非、お見逃しなきよう。


キャプテン・フィリップス
Captain Phillips

  • 2013年|アメリカ|カラー|134分|画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):G
  • MPAA (USA): PG-13(Rated PG-13 for sustained intense sequences of menace, some violence with bloody images, and for substance use.)
  • 劇場公開日:2013.11.29.
  • 鑑賞日:2013.12.6.
  • 劇場:新宿ブルク9 シアター7/デジタル上映鑑賞。平日金曜日、13時50分からの回は半分の入り。
  • 公式サイト:http://bd-dvd.sonypictures.jp/captainphillips/ 作品紹介、予告編、作品情報、パッケージソフト情報等。