NINE



★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

名声を誇る映画監督グイド・コンティーニ(ダニエル・デイ・ルイス)は切羽詰まっていた。次回作『イタリア』の準備は進行しており、セットは完成間近、スタッフも集まりだしているというのに、脚本が1行も書けないのだ。おまけに最近の作品は続けて不評ときている。追い詰められたグイドは観光地まで逃避し、愛人のカルラ(ペネロペ・クルス)を呼び寄せる。


「他人の不幸は蜜の味」という諺があります。不謹慎であると分かっていながら、ついつい喜んでしまう人間の心理を表したものですが、この映画に関してはそれは当てはまらない、と感じる観客は多いのではないでしょうか。何しろこの映画の主人公は、デイ・ルイスが演じるのだから容姿も整っている天才監督(但しイタリア人には見えず)。美しい妻(マリオン・コティヤール)がいて、官能的な愛人が待っているという、恵まれ過ぎた男。その彼が「脚本が書けない、書けない」と、過去・現在の女たちにすがります。映画だけではなく妻との仲も崩壊寸前、しかも美女たちが次々言い寄って来るのだから、悩ましい限りなのは結構なことですが、およそ凡人には想像も付かない身勝手な苦悩と現実逃避が本編の殆どを占め、しかも物語性は殆ど排除されているのですから、観客は2時間弱もの間、スクリーン上でうじうじと悩む、到底感情移入しづらい男に付き合わされることになります。


本作は、フェデリコ・フェリーニの名作『8 1/2』(1963)をブロードウェイ・ミュージカル化した『ナイン』を映画化したもの。非ミュージカル映画をブロードウェイでミュージカルにしたものを映画化というのは、『プロデューサーズ』(2005)や『ヘアスプレー』(2007)と同じ流れです。ミュージカル好きな映画ファンとしては大歓迎ですが、フェリーニは殆ど観ておらず、しかも『8 1/2』は観たいと思いつつも未だに観ていない映画の内の1本。恐らくは本作に散りばめられているであろうフェリーニへのくすぐりも、分からなかったのは勿体無かったと感じました。


監督は傑作ミュージカル『シカゴ』(2002)のロブ・マーシャル。同作ではマトモに映画化出来なさそうな舞台版を見事に映画化し、むしろ舞台版以上の出来栄えだったのではと思わせてくれました。随分と見やすくなっていた映画版最大の功労者は、脚本家ビル・コンドン。一方の本作は、アンソニー・ミンゲラ(これが遺作)とマイケル・トルキンという有名脚本家たちが脚色しています。しかしマーシャルと脚本のベクトルが逆を向いているのではないか、という違和感に、始終付きまとわされながらの鑑賞でした。ロブ・マーシャルは官能よりも「生」が根底にある躍動感と、派手で華麗な演出が持ち味です。よって背徳はあっても官能の香りは薄い。ゴージャスですが退廃ではない。だからペネロペ・クルスが露出度の高い衣装で媚態を見せながら歌っても、余り官能的に感じられませんでした。一方、脚本は非常に内向的でありテンポも遅く、主人公が自分の生を肯定するのはラストまで待たなくてはなりません。マーシャルは非常に有能は振付家・ミュージカル監督だと思いますが、本作の脚本とは相性の点で疑問を感じてしまいました。


悩める男を主人公にし、元ネタが分からない時点で、既に本作は観客を選ぶ映画になっています。おまけに監督の起用にも疑問が残ります。しかし悩める天才は凡人のそれとは違う、と観客側で割り切る覚悟が出来たなら、華麗なミュージカル場面の幾つかは非常に楽しめます。特に素晴らしいのは2曲。役作りの為に体重を増やし、イタリア女らしい体型の娼婦に扮したステイシー・ファーガソンファーギー)の『Be Italian』と、歌もダンスも堂々たるもので驚かされたケイト・ハドソンの『Cinema Italiano』です。砂浜でのダンスから、舞台上での大勢の女たちの舞いに昇華される『Be Italian』。ファッション・ショウを模した『Cinema Italiano』の力強さと派手さ。この2曲だけでも劇場で見聞きする価値があるくらいにインパクトがあります。しかし忘れたくないのは、マリオン・コティヤールが熱唱する『Take It All』。先の2人には歌もダンスも技量の点で負けているかも知れませんが、魂から振り絞ったかのようなパフォーマンスは強烈なもの。技術ではない彼女の演技力がこもった歌に、心を鷲掴みにされました。


ダニエル・デイ・ルイスは元々美声なので歌にも期待していたのですが、2曲しか歌わず残念。久々に図太い悪役でない彼を見られたのは収穫です。70歳代半ばのジュディ・デンチの声量はさすが舞台女優と感心。デンチと同年代のソフィア・ローレンの美しさは一体どうなっているんでしょうか。グイドの心を引き留めようとする必死さが伝わって来て哀感を誘うペネロペ・クルスは、歌も演技も素晴らしい。やはり彼女は今、勢いがある女優の1人なのだと実感しました。贔屓にしているニコール・キッドマンは、スターのオーラが必要な役どころをこなしていてさすがですが、余り出番が無く、印象が薄くなっていました。スター女優たちの人数が多いので、それぞれに見せ場を作らなければならず、その結果映画全体が散漫な印象を与えるのは確かです。


9歳の自分が登場するラストは、内なる幼い自分を受け入れたグイドの再出発だと解釈しました。だから彼の前を通り過ぎて行った女たちが勢ぞろいするのです。しかしフィナーレは盛り上がりそうに見せておきながら、あっさり終わらせてしまうのが肩透かしを食らった気分でした。『シカゴ』のときも同じ印象を受けましたが、ロブ・マーシャルには終幕でのあくどいまでの盛り上げをしてもらいたいもの。登場人物総出演の大ミュージカル場面にすれば、映画全体に対する印象もかなり良くなったでしょうから。メイキングを取り交ぜた楽しいエンドクレジットというデザートが用意されているのですから、コースのクライマクスを飾るメインの肉料理は、こってり、たっぷり頂きたかったところです。


NINE
Nine

  • 2009年 / アメリカ、イタリア / カラー、モノクロ / 118分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):G
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for sexual content and smoking.
  • 劇場公開日:2010.3.19.
  • 鑑賞日時:2010.3.21.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘1/ドルビーデジタルでの上映。公開3日目の三連休2日目の日曜14時5分からの回、451席の劇場は半分の入り。
  • 公式サイト:http://www.nine-9.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、メイキング(字幕入り)、『シネマ・イタリアーノ』『ビー・イタリアン』ミュージック・クリップ(但し短縮版)など。