ボーダーライン



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

FBI誘拐即応班リーダーのケイト(エミリー・ブラント)は、人質救出の為にアリゾナの一軒家に隊を率いて突入する。そこはメキシコの巨大麻薬組織ソノラ・カルテルの最高幹部ディアスの持家なのだが、虐殺の犠牲者が数多く残されている腐臭漂う場所だったのだ。しかも警官2名が死亡し、ケイト自身も負傷してしまう。同日、FBI会議室にて、彼女はソノラ・カルテル撲滅とディアス追跡の為の特殊部隊にスカウトされる。リーダーは特別捜査官マット・グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)。謎めいたコロンビア人コンサルタントのアレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)もメンバーだ。作戦の全容を明らかにされないままケイトは部隊と共に行動し、カルテルの惨たらしい殺害の実態と、部隊の超法規的なやり口を目の当たりにする。


カナダの監督ドゥニ・ヴィルヌーヴには前作『プリズナーズ』(2013)にも感銘を受けたが、こちらはさらに素晴らしい。キビキビした演出、鋭い映像、役者陣の小気味よい演技。全編を通して淀みなく緊迫感が続き、場面場面ではさらに心臓に悪いくらいに盛り上げる。映画はアクション・スリラーの形態を取っているが、アクション場面自体は強烈でも時間にしては短い。あっという間にカタが付いてしまう。むしろ主眼はアクションに向けての盛り上げだろう。とにかく無駄がなく、ドラマやアクションですら最小限。1970年代にはこういうくどくどしない映画が多数あった。巨大麻カルテル対特殊部隊という、幾らでも大作にできる題材だというのに、そうはせずにむしろ凝縮させたのが本作の成功の要因だ。


今まで法に則って行動してきた正義漢のケイトは、苛烈な現実を目の当たりにして精神的に追い込まれていく。映画序盤ではタフで経験豊かな優秀な捜査官として登場するのに、翻弄されてしまうのだ。エミリー・ブラントは主人公の心理的ストレスを上手く演じていた。特殊部隊のリーダー、マット役ジョシュ・ブローリンは、始終軽口を叩き笑みを絶やさないが、一方で何を考えているのか、本当に信じて良いのかどうか分からない男を好演している。だが何と言っても強烈なのは、アレハンドロ役ベニチオ・デル・トロだ。あの目つきも迫力があるが、出ているだけで緊張感があり、しかも微かに温もりもあって。アレハンドロには彼自身を覆い尽くさんばかりの闇を抱えており、それが明らかになる終盤には圧倒された。しかも大袈裟な演技ではなく。このさじ加減はもはや名人芸だ。


撮影はコーエン兄弟作品や、『007/スカイフォール』(2012)などの巨匠ロジャー・ディーキンス。『プリズナーズ』でもドゥニ・ヴィルヌーヴとは組んでいる。ここでも光と影を効果的に使った映像を作り出していた。正直、このようなシリアスなアクション・スリラーにディーキンスの映像は浮いていないかとも危惧していたのだが、それは杞憂だった。編集の上手さもあって映画に奉仕している。装甲車内に差し込む光と影、夕闇に影絵のように浮かび上がる特殊部隊など、美麗な1ショット1ショットが素晴らしい。また、ヨハン・ヨハンソンのスコアは時に心臓の鼓動のような打楽器、時にノイジーなチェロを駆使して、心休まらない楽曲が効果的に映画を下支えていた。映像も音響も相まって、これは1つの体験だろう。



ヒロインによって観客を導き入れた映画は、終幕には「主人公」という概念を取っ払うかのような展開を見せ、衝撃を与えた後に虚無を感じさせて幕を閉じる。現実の麻薬戦争は今でも夥しい犠牲者を出しながら続いているのだ。映画が終わった後に疲労を感じつつ、だがそれでも彼らはまだ戦い続けるのであろうか?と考えて少々気を取り直した。そこで思い出したのが『セブン』(1995)のラストにおける、モーガン・フリーマンのモノローグだ。

「Hemingway once wrote, "The world's a fine place and worth fighting for." I agree with the second part.」(ヘミングウェイは書いた。「世界は素晴らしい。戦う価値がある」。後半に賛成だ)


そんな訳で私の脳内では『セブン』と『ボーダーライン』は地続きなのである。作品の出来もさることながら、人間の暗い側面をも描いていて。かなり重い映画だが、同時に良く出来た娯楽映画でもあるので、多くの人に観てもらいたい。



ボーダーライン
Sicario

  • 2015年|アメリカ|カラー、モノクロ|121分|画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):R15+(刺激の強い数々の殺傷・出血、及び死体のフルヌードの描写がみられ、標記区分に指定します。)
  • MPAA (USA): R(Rated R for strong violence, grisly images, and language.)
  • 劇場公開日:2016.4.9.
  • 鑑賞日:2016.5.6.
  • 劇場:渋谷シネパレス2/デジタル上映鑑賞。連休谷間の平日金曜日、10時50分からの回は8人ほどの入り。
  • 公式サイト:http://border-line.jp/ 作品紹介、予告編、プロダクション・ノート等。