シャッター アイランド



★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1954年9月。ボストンの遙か沖合に浮かぶ孤島シャッター・アイランドにある、精神異常の犯罪者を収容するアッシュクリフ病院。その厳重な警備下から、レイチェルという囚人が独房から忽然と姿を消した。連邦保安官のテディ(レオナルド・ディカプリオ)と、新人パートナーのチャック(マーク・ラファロ)は島に赴くが、どうやらテディには別の目的があるらしい。やがて島を嵐が襲い、完全に外界から孤立した状況になる。そんな状況でテディとチャックは真相を探ろうとするが。


マーティン・スコセッシ監督、ディカプリオ主演のコンビ4作目は、デニス・ルヘインの小説が原作のミステリ。興味をそそる舞台装置もさることながら、脇役陣の顔ぶれもまた見どころの1つとなっています。病院長にベン・キングズレー、テディの亡き妻にミシェル・ウィリアムズ、怪しげな医師にマックス・フォン・シドー、謎の女役にパトリシア・クラークソン、鍵を握る男たちにジャッキー・アール・ヘイリーイライアス・コティーズ、看守役にテッド・レヴィンジョン・キャロル・リンチと、よくぞここまで曲者俳優たちをずらり揃えられたものです。彼らの多くは抑えた受けの演技を見せ、攻めの演技を見せるディカプリオとの対比が面白い。そして相変わらずキャメラを動かさずにいられない永遠のキャメラ小僧スコセッシらしく、華麗なる映像テクニックも駆使され、今回は映像美を支えているのが特撮なのも新趣向。しかし日本の観客に大きく立ちはだかるのが、「謎解きとドンデン返し」をやたら前面に押し出す、配給会社・東宝東和のお粗末な宣伝戦略です。


宣伝などからすると物語中心の映画かと思わせますが、基本的にハリウッド的な「明確なプロットのある物語を語る」映画には左程興味を示さない巨匠ゆえ、実際に観るとそうでないのは明らか。映画の途中で結末が容易に想像が付くのは意図的なものではないか、と思えるくらいに丁寧に丁寧に心理描写を積み上げて行きます。もちろん、物語自体は観客の注意を引っ張るという意味で機能していますが、主人公の心理の映画になっているのがスコセッシらしい。言わばテディの自らの内面を探る映画にもなっているのです。しかも現実社会で「真っ当に」生きるのに苦しむ男を主人公にしているのが、『タクシードライバー』(1976)の監督らしいではないですか。ですから観客はテディの過去と秘密を探る旅に、ただ同行すれば良いのです。が、無粋な東宝東和の宣伝により、映画を観る前から「騙されないぞ」と身体をこわばらせて、映画の本質とは別の見方を半ば強制されてしまうのは非常に残念です。もっとも東宝東和は過去にインチキ商法まがいの宣伝でもって、数々のB級映画を楽しませてくれたのだから、やりかねないと言えばそうなのですが。


では全て宣伝が悪いのかと言えばさにあらず、映画も物足りないのも事実です。予想の先を行く真相を期待していたらそうではなかった、というのもそうですが、その真相が明らかになる場面でも悲痛な心理がこちらに伝わって来ません。あの湖畔の場面、本来ならば観客の心かきむしる場面にならなくてはならないのに、映像の美しさばかりが目立っています。あそこを描き切ったならば、ラストのテディの行動もより印象的になったでしょう。また終幕の種明かし場面も丁寧過ぎて逆に興を削がれてしまいました。


それでも腐っても鯛とは言ったもの。近年のスコセッシは『カジノ』(1995)辺りまで持っていた前衛性やパワーが失われつつありますが、力量自体はさすがです。大袈裟なキャメラワークや素早い編集など自らの個性を生かしつつも、陰影の濃い映像や、リゲティジョン・ケイジら現代音楽のおどろおどろしい使用(ロビー・ロバートソンが音楽監修)など、意図的にひと昔ふた昔前の怪奇映画再生にせっせと取り組み、それが耳目を楽しませてくれます。スコセッシの過去の作品で言えば、『ケープ・フィアー』(1991)の系譜に連なる映画と言えます。この趣向を楽しめるかどうかで、映画への好悪が変わるでしょう。その分、古臭い映画との印象は免れません。これは遠藤周作原作の『沈黙』映画化という、長年の夢の企画が延期になったので引き受けた、大監督の余技を楽しむ映画なのです。そうすると、日本での宣伝方針は案外過ちでも無かったとも言えるかも知れません。


近年のスコセッシ映画を支えるスタッフの1人、ロバート・リチャードソンの撮影は、フィルム粒子の粗い画と緻密な画、褪せた色彩とリッチな色彩を使い分けており、こちらも見ごたえがありました。


シャッター アイランド
Shutter Island

  • 2010年 / アメリカ / カラー / 138分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):PG12
  • MPAA(USA):Rated R for disturbing violent content, language and some nudity.
  • 劇場公開日:2010.4.10.
  • 鑑賞日時:2010.4.13.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ港北ニュータウン5/ドルビーデジタルでの上映。公開4日目の火曜朝9時25分からの回、174席の劇場は20人程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.s-island.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、ディカプリオ来日記者会見模様、二度見キャンペーン、ゲームなど。