ロード・オブ・ザ・リング


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


ピーター・ジャクソンを知っているとしたら、その人はいわゆる”ジャンル映画”好きだろう。母国ニュージーランドを拠点に、低予算のスプラッタ系映画をこつこつ撮っている監督として、ファンも多い男だ。処女作である自主映画『バッド・テイスト』(1987)は、ファストフード用人肉を求める宇宙人対自警団の闘いを描いたスプラッタ・コメディ、第2作『ミート・ザ・フィーブルス/怒りのヒポポタマス』(1989)はスプラッタ人形劇で、どちらも東京国際ファンタスティック映画祭で上映されたが、僕個人は見逃している。余りにぐちゃぐちゃで大笑いの怪作『ブレインデッド』(1992)発表後、ケイト・ウィンスレットのデヴュー作『乙女の祈り』(1994)で一般観客からも評価を得ているが、唯一のメジャー映画会社作品はマイクル・J・フォックス主演の低予算ホラー・コメディ『さまよう魂たち』(1996)だけ。この作品、基本はコメディなのにかなり恐ろしい場面もあったり、メジャー作品なのに垢抜けていなかったりで、いかにもらしかった。


何でこう長々書くかというと、そんなバッドテイストなブレインデッド野郎が、J・R・R・トールキンの大河ファンタシー『指輪物語』をこんな堂々たる超大作に撮り上げるなんて!


今までジャクソンはパワフルで情熱的な小品を発表していたが、今回も背伸びをせずにパワフルで情熱的な超大作を作り上げた。過剰なまでにダイナミックなキャメラワークはとどまることを知らず、展開は危機また危機の連続。お陰で原作が持つ牧歌的な雰囲気は冒頭にあるホビット村の場面に残る程度だが、とにかく全編押し捲る演出には圧倒される。先の展開を知っていても、かなりの緊張を強いられるくだりがあるくらいだから。それなのに時折B級映画の顔が出てくるのもお楽しみである。


暗黒の国モルドールにて冥王サウロンによって作られた邪悪なる力の指輪。サウロンは滅ぼされ、戦乱の中で長年失われたそれは、紆余曲折を経て小人のホビット族の村にあった。養父ビルボ(イアン・ホルム)から指輪を譲られた青年フロド(イライジャ・ウッド)は、友人である魔法使いガンダルフイアン・マッケラン)により指輪の正体を知る。指輪は世界を再び混乱と暗黒に陥れる。復活を遂げつつあるサウロンは、指輪奪取の為に手先をホビット村に送り込むだろう。指輪を破壊出来るのは、サウロンが指輪を鍛えたモルドールにある滅びの山にある火口のみ。フロドと仲間たちは、サウロンの軍団や邪悪な怪物などと闘いながらの苦難の旅を始める。


原作の大ファンだというジャクソンのこだわりにより、映像は原作のイメージにかなり忠実。原作の挿絵画家を起用して再現された世界は素晴らしい出来栄えだ。グラント・メイジャーのプロダクション・デザインは完璧で、のどかなホビット村、絢爛たる妖精エルフ族の館、不気味で威圧的な悪の根城など、どれも隅々まで細かく作り込まれていて、見ているだけで飽きさせない。また、時に原作をも凌ぐ奔放なイメージは迫力満点だ。冒頭に登場するサウロンの姿や、妖精エルフの女王ガラドリエルケイト・ブランシェット)の水鏡の場面など、原作では余りピンと来なかったものも、実はこんな風に恐ろしいのか、と驚いた。


そういった視覚面を支える特撮は、全体に優れた出来栄えを見せる。特に、人間や妖精よりも常に小さいホビットの映像が自然なのは凄い。しかも特撮だけが浮くことはなく、飽くまでも映画を支える一要素として機能しているのだ。


この作品の見ものの一つがニュージーランド・ロケによる雄大な自然だ。日本同様に小さい島国程度の認識だったのだが、かようにバラエティに富んだ景色がある国なのだ。撮影監督のアンドルー・レスニーは派手な絵葉書的映像にすることなく、抑え目の色調で統一していて、多用されるロングショットと共に効果的を上げている。


そういった映像の力を陰で増幅させているハワード・ショアのスコアも上出来だ。ショアというと、デヴィッド・クローネンバーグ作品や『羊たちの沈黙』(1991)、『セブン』(1997)といったホラー系作品か、『ビッグ』(1989)、『ミセス・ダウト』(1993)といったコメディが思い浮かぶが、まさかここまでスケールの大きなスコアが書けるとは思いもよらなかった。ファンタシー・スコアの大物ジョン・ウィリアムスの煌びやかさや、ジェリー・ゴールドスミスの雄々しさこそないが、確実に物語を理解し、表現している。フルオーケストラや混声コーラスを用いて音に厚みを持たせているが、暑苦しかったり重苦しくなかったりなのが良い。これは紛れも無くショアの代表作の1つだ。挿入歌とエンドテーマを歌うエンヤもでしゃばらず、美しく内容に寄り添っている。


長大な小説を映画化しているのだから、3時間もの映画なのに展開がかなり駆け足気味なのは致し方ない。削られたり変更されたりしているが、根底に流れる要素を原作からきちんと移し変えている。ジャクソンとフラン・ウォルシュ、フィリッパ・ボウイェンの3人は見事な脚色をしている。


俳優は概ね適役、フロド役イライジャ・ウッドは純粋な若者の瞳を持っているし、イアン・マッケランは時に見せる軽妙さの匙加減も宜しく、アーサー王宮廷のマーリンと並ぶ魔法使いの代名詞そのもの。旅の仲間となる人間アラゴルンヴィゴ・モーテンセンは、原作と多少違う解釈なものの、己に流れる血を序々に目覚めていく様を演じていて魅力的だ。旅の仲間であるもう1人の人間ボロミアは、ショーン・ビーンが演じることによって血の通った人物として描かれていて、この点では原作を凌駕している。魔法使いの賢者サルマンを演じるのは名優クリストファー・リー。かくしゃくとして威厳のある様は、ガンダルフよりもさらに大物という感じが出ていて素晴らしい。80歳とは思えぬしゃんとした姿勢と朗々たる声により、強く印象に残る。


好調な男優陣に比べ、リヴ・タイラーケイト・ブランシェットら女優陣は、出番が少ない為に印象が薄いのはやむを得ないか。ブランシェットは先に書いた鏡のシーンが強烈でも特撮の力をかなり借りているし、リヴ・タイラーもアクションの見せ場を受け持っているのだが。


とまれ彼ら役者たちの的確で繊細な演技により、単なるお子様特撮ファンタシーものではない格が備わった。もっとドラマ部分が見たいと思わせるが、さらりと見過ごされそうな部分も実はきちんと描かれている。ドラマ部分をもっと観たいのであれば、恐らくは日本でも発売されるであろう30分長いDVD版まで待とうか。


作品を覆う闇のイメージが強いのは、先に書いた牧歌的な印象が薄くなったからだけではない。執拗に描写される悪だけでなく、何より物語そのものが闇に満ちているのだ。フロドたちが破壊しようとする指輪や、あるいは世界でうごめく魔法は、”力(ちから)”の象徴だ。力は使うものによって善になり、時に悪になり得る。強大で誘惑に抗し難い力であっても、それが悪である場合、人はそれを捨てることが出来るであろうか。そうこの映画は問い掛けているように思える。悪のパワーにより、ある者は純粋さの隙を突かれ、またある者は純粋さそのものを失う。現実にぶつかった時の人間の変化さえも描き出し、ファンタシーの形を取りながら現実を映し出す鏡となっている。この映画が単なるロール・プレイング・ゲームにしか見えない人は不幸と言うべきだろう。


アクの強いピーター・ジャクソンに引っ張られて映画製作の仲間が全力を出し切った結果、『ロード・オブ・ザ・リング』はファンタシー映画の巨塔となった。しかもこれは大長編の第一部にしか過ぎない。何故か日本での公開前の宣伝では3部作との事実が隠されていたが、まとめ撮りしておいて、これから毎年1部づつ公開される映画なのだ。3本で1つの物語ゆえ、第2部がもう1つの塔となるか、クライマクスである第3部が映画史に残る王者として観客の前に帰ってくるか、それは今のところ判然としない。


ただ確かなのは、ジャクソンと旅の仲間を見届ける楽しみがまだ2本も残っている、ということである。


ロード・オブ・ザ・リング
The Lord of the Rings: Fellowship of the Ring

  • 2002年/アメリカ/カラー/125分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):2002.3.2.
  • 劇場公開日:2002.2.23.
  • 鑑賞日:2002.2.23./ワーナーマイカル新百合ヶ丘1/SDDS
  • 土曜夜9時15分からの先行レイトショー、452席の劇場は完売。10時過ぎからの回(終わるのが1時過ぎ!)も完売だったので、期待と話題の程が伺えます。
  • パンフレットは700円、全40ページ。中々豪華な作りになっています。詳細な物語紹介、スタッフ&キャスト紹介、プロダクション・ノート、原作紹介など。難は内容紹介の所々に誤記(勉強不足とも言う)があることですが。最後の方に「第2部:The Two Towers、第3部:The Return of the King 順次公開予定」とあります。
  • 公式サイト:http://www.lord-of-the-ring.com/ 約1年前に開設されていたサイト。最初は少々寂しい内容だったものの、公開が迫るに従って物量も凄いことになってきました。各登場人物の紹介、各分野のプロダクション・ノート、先日行われたスタッフ&キャストの来日記者会見、監督インタヴュー動画(英語のみ)、予告編(最近に珍しくローカルで保存可能)、多数ある壁紙やスクリーンセーバーなど。全体に凝ったデザインです。試写会以降は賑やかな掲示板の使い勝手が悪く、今後はツリー形式にしてもらいたいもの。ここでの指輪ファンからの鋭い突っ込みで、コンテンツ内容が修正されたり、宣伝文句が変わっていったりしたようです。まぁ、パンフレット同様に配給会社日本ヘラルドの勉強不足だったと言えばそれまでです。