ダウト〜あるカトリック学校で〜


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1964年、ニューヨークはブロンクスにあるカトリック学校は、厳格な校長であるシスター・アロイシアス(メリル・ストリープ)に支配されていた。ある日、若いシスター・ジェイムズ(エイミー・アダムス)がフリン神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)の不審な行動を目撃する。先進的で多くの信者や生徒達に慕われている神父が、黒人生徒ミラーのロッカーに下着を入れたのを見たのだ。その後、ミラーの様子がいつもと違っていた。このことをシスター・ジェイムズがシスター・アロイシアスに報告したことから、アロイシアスは神父が黒人生徒と「不適切な関係」を行ったのだと確信を持つ。だが証拠は何一つ無い。アロイシアスかの容疑を真っ向から否定する神父。校長と神父の闘いが始まる。果たして真実は。


1964年がアメリカにとってどういう時代だったか。そのことを念頭に置いて映画を観た方が良いでしょう。前年11月にはケネディ大統領が暗殺され、全世界に衝撃を与えました。また全米では公民権運動の波がうねり、同年11月にはジョンソン大統領の下、公民権法が制定されました。つまり旧来の価値観が崩れ、新たな価値観を受け入れるしかない流れの時代だったのです。


そんな時代の中、旧来の価値観に縛られ、また自分は他人を「分かる」人間だと自負しているシスター・アロイシアスは、一見すると非常に嫌な人間に思えます。しかし純朴で生徒を疑うことを知らないシスター・ジェイムズと違い、生徒の嘘や誤魔化しも見抜いているし、他のシスターにさりげない心遣いを見せるときもあります。白塗りにメガネ、常に硬い表情のストリープは、威圧的で恐ろしくも多面的・人間的な人物を演じていました。演技がやや大仰に思える場面もありましたが、非常に印象的な人物像を作り上げています。


シスター・アロイシアスに対するフリン神父は、進歩的な人物。時代に合わせて教会も開放的になるべきだと主張しています。その太めの体躯と表情豊かに笑みを浮かべているときも多い様子からして、フリン自身が開放的で人生を謳歌しているのでしょう。誰もが好感を抱くであろう人物です。フィリップ・シーモア・ホフマンは、その外観からして役にぴったり。しかし、演ずるのは曲者俳優ホフマンです。ひょっとして裏の顔があるのでは、小児性愛志向の持ち主かも知れない。そう観客に疑惑を持たれることを計算したキャスティングでしょう。


アロイシアスを信じるのか、フリンを信じるのか。2人の間で揺れ動くのが、シスター・ジェイムズです。揺れ動く彼女は観客の代わりでもあります。エイミー・アダムスのシリアスな演技を観るのはほぼ初めてでしたが、予想範囲内の演技とは言え適役だし、かなり頑張っていたと思います。


アロイシアスはミラー少年の母親を呼び出し、何とか神父の尻尾を捕まえようとしますが、ミラー夫人は意外な反応を示します。ミラー夫人の登場時間は、時間にしておよそ10分程度。しかし出番が少なくとも場をさらってしまうのが、演じるヴィオラ・デイヴィス。儲け役とは言え、彼女が登場している間は、画面を観ている私の目を釘付けにしました。『アウト・オブ・サイト』(1998)、『ソラリス』(2002)といったスティーヴン・ソダーバーグ作品や、『ディスタービア』(2007)といった映画に端役で出ていたようなのですが、まるで記憶にありませんでした。今後注目したい女優です。


評判となった戯曲を書き、映画用に脚色し、監督も務めたのは、ジョン・パトリック・シャンリー。非常に面白い作品だし、監督としてもかなり力が入っているのが分かります。原作が舞台劇なのに、舞台劇臭を感じさせません。殆どは学校内で展開する物語なのに、空間の広がりを感じさせ、キャメラワークも工夫されています。緩やかな序盤で興味深い教会内の日常生活や人物関係、性格描写を丁寧に描き、物語が動き出してからはテンポ良く語り、ミステリアスでスリリングな展開で引っ張ります。ミラー夫人の衝撃的内容の台詞もそうなのですが、終盤の展開も含め、至る所に観客の疑惑を喚起する展開となっています。そして幕切れ。シスター・アロイシアスが嗚咽を漏らして言う台詞の強烈さ。最後の最後まで題名通りに疑惑が尽きない、これは謎めいた映画なのです。


映画のテーマは、劇中で言及される「不寛容」だけではなく、「正義」もでしょう。己を正しいと確信している者がいるとしても、果たして真実はどうなのか。そもそも「正しさ」とは何なのか。人によって、立場によって、正しさとは変わるものではないのか。普遍的なテーマを観客に問います。


ハワード・ショアの音楽、名匠ロジャー・ディーキンスの撮影も、一級の仕事振りでした。




ダウト〜あるカトリック学校で〜
Doubt

  • 2008年 / アメリカ / カラー / 104分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for thematic material.
  • 劇場公開日:2009.3.7.
  • 鑑賞日時:2009.5.16.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ港北ニュータウン10/ドルビーデジタルでの上映。ここでは5月9日からの上映。土曜日19時10分からの回、99席の劇場は5人の入り。
  • 公式サイト:http://www.movies.co.jp/doubt/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、ギャラリー、映画賞リストなど。