アビエイター


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

20歳そこそこで大作映画を監督し、ハリウッド女優と数々の浮名を流し、飛行士(Aviator)だった、実在した大富豪ハワード・ヒューズレオナルド・ディカプリオ)の物語。


ハワード・ヒューズは18歳で親の遺産を相続して億万長者となった。
ハワード・ヒューズは20歳でハリウッドに乗り込んで映画会社を設立した。
ハワード・ヒューズは難聴だった。


これらは当たり前とばかりに、劇中での説明は殆どされない。遺産相続の話が軽く会話に触れられるくらいだ。それだけヒューズはアメリカではポピュラーなのだろう。とまれ、先に紹介したような内容の大作映画で、しかも主役は半ばアイドルのレオナルド・ディカプリオ。なのに、それがわくわくするような立身出世の娯楽映画でないのが、いかにもマーティン・スコセッシ監督作品らしい。過剰なまでにエネルギッシュで偏執的、自らの性格や精神疾患が災いして破滅的に突っ走る、共感しにくい男が主人公の映画となっている。そんな意味ではスコセッシの過去の作品、例えば『タクシードライバー』(1976)、『レイジング・ブル』(1980)、『カジノ』(1995)などの系譜に繋がる作品と言えよう。


映画は20代で製作した、時間と資金を湯水のように注ぎ込んだ空中戦ものの超大作『地獄の天使』(1930)の舞台裏に始まる。後の大女優キャサリン・ヘップバーンケイト・ブランシェット)との恋愛、自作の映画に対する検閲への闘い、自分で設計した飛行機のテストパイロットとして世界最速記録を作るエピソード、TWA買収からパンナム及び政府の攻撃に対しての反撃、そして世界最大の飛行艇ハーキュリーズの初飛行、と面白いエピソードには事欠かず、ヒューズ黄金時代の約20年間を描いている。


超大作に相応しい品格を映画に与えられる監督という、現代ハリウッドでは稀有な存在となったスコセッシは、得意の映像テクニックを駆使して、目立つ部分目立たない部分で映画を華麗に彩る。今までのスコセッシ作品では余り馴染みの無かったCGの多用もそうだ。目立つ部分では、数々の飛行場面や、不時着・墜落場面といったスペクタクル場面が目を引く。前作『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002)でのチャチな合成場面にがっかりした身としては、今回の上出来な特撮は嬉しいものだ。『タイタニック』(1997)でリアリスティックな特撮映像を監修したロブ・レガート指揮の画は、現実感がありながらダイナミック。飛翔場面では宮崎駿を想起させる優雅な爽快感さえある。目立たない部分では、映画が進むに連れて色彩が微妙に変化するのが挙げられる。往年のテクニカラーを模した色設計を観るにつれ、博覧強記のスコセージらしいこだわりが、画面に微かに効果を与えている。そこにお得意の動くキャメラワークまで加わるのだから、今までの監督作品の中でも最も派手な映像の映画となっているのではないだろうか。


華やかなのは視覚部分だけではない。聴覚も賑わしてくれる。ポピュラー音楽を敷き詰める手法は、『グッドフェローズ』や『カジノ』でも顕著に現れていたが、本作でもジャズやクラシックのスタンダードを多用して楽しませる。ハワード・ショアのオリジナル音楽もクラシックそのものに近く、既成曲との違和感がないくらいだ。


きらびやかな内容に、華麗な映像や音楽からして、娯楽伝記映画になる条件は揃っていた。しかし実際には、苦味の効いた映画に仕上がっている。派手な場面よりも、ヒューズが陥る強迫性障害や難聴などを描いた場面の方が印象が強いのだ。常に新しい石鹸で手を洗い、一度使った石鹸は捨てる。他人の指紋が付いたグラスが気に障る。トイレのドアノブが恐くてさわれない。他人のばい菌を極度に恐れる潔癖症がやがて心を蝕み、やがてヒューズは裸で試写室にずっと篭りっぱなしで、他者との関わりを恐れてしまうまでに至る。こういった描写は実際の奇行(といっても、実際は前述のように精神病だった訳だが)のほんの一部なのだろう。だが映画に与えるリアリズムの点では容赦無く感じられる。また、難聴ゆえにそれを知らない者とは会話がちぐはぐになり、他者とのコミュニケーションが円滑に取れない様も挿入される。こういった他者との断絶を描いた描写が、治癒していないのに剥がれかけているかさぶたのように、観客を居心地悪くする。この映画、飛行士として空を旅しながらも、実際にはヒューズの精神の苦難の旅を描いた映画にもなっているのだ。


映画のテーマの1つは、主人公の内的な旅。冒頭は、幼少時に母親に身体を洗ってもらう場面。セピア調の色彩を帯びた映像は、実は劇中で一番艶のあるくだりでもある。病的な潔癖症の原因を母親の言い聞かせとした映画は、最後にも同じ場面を入れ、入浴場面の回想で物語を挟んでいる。挟まれているのは、操縦席、試写室といった閉じられた空間を好む男の物語。ヒューズの胎内回帰願望を描いているのは明白で、スコセッシは非常に分かりやすく物語や人物を語っていると思う。


ほぼ全編出ずっぱりのレオナルド・ディカプリオは大熱演だ。映画監督、飛行士、社長、プレイボーイといった颯爽とした姿から、精神の均衡を崩して闇に落ちてゆく姿まで、破天荒な男の生き様を掘り下げようという意気込みが伝わってくる。『ギャング・オブ・ニューヨーク』ではすっかりダニエル・デイ=ルイスに食われていたが、これで大作映画の1枚看板も背負えることを証明した。キャスリン・ヘップバーン役ケイト・ブランシェットはカメレオン女優の名に相応しく、優雅で凛とした身のこなしと台詞回しで、ハリウッド黄金期を1人で再現している。敵役のパンナム社長役アレック・ボールドウィンも似合っていたし、TWAに圧力を掛ける上院議員アラン・アルダも、珍しい悪役ながら粘液質の嫌らしさを出していた。


上映時間ほぼ3時間を飽きさせずに見せてくれるのは、さすがスコセッシと言いたいところ。全体によくまとまっていて、破綻もない。巨匠でありながらいつも情熱的な作品を発表し続け、出来不出来もはっきりしているので、鑑賞前も鑑賞中もドキドキさせてしまう監督なのに。今回は妙に安心して観られる映画となっているのだ。至る所に己の刻印をつい押してしまうのは彼らしいが、印象度の点で『ギャング・オブ・ニューヨーク』よりも落ちるのは、自身の企画ではなく雇われ仕事だからだろうか。映画の出来としては、長年に渡って構想を温めていた『ギャング〜』よりも良いくらいなのに、いつもより熱気も薄らいでいるように思える。ディカプリオの大芝居や映像面に比べて、内面描写は意外に表層的で、余りこだわってはいない。3時間の旅は退屈することはないが、印象度では余り深くはないものとなっている。


アビエイター
The Aviator