風立ちぬ



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1920年代の日本。関東大震災や貧富の差と過酷な社会状況の中で、子供の頃からの夢だった飛行機設計士となった堀越二郎(声:庵野秀明)は三菱に入社。独特の感性と視点で徐々に頭角を現し、欧州での視察などを経て、非凡な才能を開花させる。戦争に突入しつつある時代の中、二郎は菜穂子(声:瀧本美織)という女性と知り合う。


主人公が実在したゼロ戦の設計者・堀越二郎と、作家・堀辰夫を合せた人物、という程度の予備知識しかなかったのですが、映画を観て少々驚きました。宮崎駿の飛行機への偏愛、メカへの偏愛がここまで露骨に出ているとは思いもしなかったからです。それらは冒頭から如実に現れています。堀越少年手作りの飛行機が、自宅屋根から離陸して街中を飛び回る素晴らしいシークェンス。ここからして細かいメカ描写が目を引きます。無論、宮崎アニメならではの解放感溢れる飛翔描写も満載なのですが、手書きアニメ(と言って良いのか)の限界に近いのではないかという技術的に素晴らしい映像の数々!これだけでも観る価値があります。面白い事に過去の宮崎作品とは違って、本作の主人公は実際には自分で操縦桿を握りません。よって「飛ぶ機械に魅せられている」主人公がより強調されているのです。


もう1つ驚かされたのは、必ずしもリアリズムの映画ではないという事。実在した人物と実際に起こった事件を基に描いているとあって、まさかここまで狂おしいまでの想像力溢れる映像が乱舞しているとは。大胆で想像力溢れた優れた描写が満載で、アニメ映画を観たという充実感を味わえました。『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』とここ2本ばかりは不満足な宮崎アニメ映画が続いていましたが、本作は満足とは言わずともかなり楽しめました。長編アニメーション映画にしてはややテンポがゆったりなのが気になったものの、それもドラマ重視の瑕疵として許せる範囲でした。二郎のある種狂的なまでの情熱が伝わっているし、また説明を廃した二郎と菜穂子の関係にも目が行きます。近年の宮崎作品に顕著だった「物語を物語る事に対する興味の欠落」は殆ど顔を出さなかったものの、終盤のあっさりした展開を見るにつけ、クライマクスの放棄は今作でも繰り返され、その点でやや物足りなさを感じたのも事実ですが。


気になったのは、日頃あれほど戦争反対を唱えている宮崎が、その視点を意図的に排除している事です。堀越二郎は戦闘機を作りました。また軍部からの強い要請もあり、徹底的に無駄を無くした結果、操縦士の命を軽視した設計になりました。これらの事実についてはすっぱり切り捨てられています。そういった要素を盛り込んでも、二郎の情熱は描けた筈です。


と、ここで考えみましょう。もし、宮崎駿があと20年若くしてこの映画を作ったなら…と。『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』で、あれほど愚かな人間どもが繰り返す戦争を描いていた宮崎です。怒りに満ちていた当時の彼ならば、間違いなく戦争を主題の1つに入れていたのではないでしょうか。無論これは勝手な想像であり、『風立ちぬ』は今の宮崎だからこそ描けた映画でもあるのは重々承知です。しかし都合良く(と思えてしまう)汚い要素を切り捨て、美しいファンタジーへと昇華させた作家に、悪しき老いを感じでしまったのでした。


とは言え、『風立ちぬ』は宮崎作品の中でも個人的にはかなり好きな作品に入ったのも確か。二郎と菜穂子のラブストーリーも、今まで大人の恋愛を扱っていなかった宮崎にしては予想以上によく出来ているし、初夜の場面など素敵な描写も散見されます。遺された時間を突き進む事を決意した彼らの姿は、感動的ですらありました。しかもこってりしていないのも、またらしい。漫画映画である事を忘れず、アニメーションを信じ、巨匠が極限まで己の技法を突き詰めた映画として、これは忘れがたい1本になりました。


風立ちぬ
The Wind Rises

  • 2013年|日本|カラー|126分|画面比:1.85:1
  • 映倫:G
  • MPAA (USA): -
  • 劇場公開日:2013.7.20.
  • 鑑賞日時:2013.8.2.
  • 劇場:TOHOシネマズ ららぽーと横浜3/ミッドナイトショウ鑑賞、金曜22時45分からの回は30人程の入り。
  • 公式サイト:http://kazetachinu.jp/ 企画書、プロダクション・ノート、クレジット等。