君と歩く世界



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

南仏アンティーブ。粗野な大男アリ(マティアス・スーナーツ)は、5歳の幼い息子サムと共に流れ着き、警備員の仕事に就く。一方、マリンショウでシャチの調教師をしているステファニー(マリオン・コティヤール)は、アリが働くクラブでいざこざを起こし、家まで送ってもらう事になる。ある日、ステファニーはマリンショウのさ中に事故に遭い、両膝から下を失ってしまう。絶望の淵に居たステファニーだったが、先日知り合ったばかりのアリは彼女に必要以上の同情など示さず、率直な態度で接する。やがて肉体関係を結ぶようになった2人だったが。


最近流行りの「君」シリーズとでも言える軟弱な邦題なぞ吹き飛ぶくらい、ゴツゴツした手触り肌触りの傑作骨太ドラマでした。こういう映画との出会いがあるから、映画館通いは止められません。私にとって初のジャック・オーディアール監督&脚本作品でもありました。観たい映画は多かったのですが(特に昨年、あっという間に終わってしまった『預言者』等)、どれも見逃していたのです。犯罪映画ばかり撮っている印象のある監督なのに、本作は初のラブストーリー…といっても一筋縄で行かないのが面白かったです。


社会の底辺で過酷な現実の中で生きている男は、やがて素手で殴り合い、蹴り合う、ストリート・ファイティングの世界に身を投じていきます。金だけが目当てではなく、闘争本能の解放と肉体的な痛みで、持て余し気味だった生を感じるのです。しかし逞しい男は、外見は大人でも中身は子供でした。優しさを持ち合わせてはいるものの、身勝手で、息子の世話などせず、欲望のままに突き進みます。一方の女は、華々しい世界から転げ落ちた才女。かつては同棲している男が居るにも関わらず、盛り場で肉体を誇示し、男を誘って自己満足していた女でした。それが一転して事故後は肉体のみならず己そのものを隠そうとします。しかし絶望の底で知り合ったアランとのセックスで生を感じ、喪失感から徐々に解放されていくのです。主人公2人を演じたマティアス・スーナーツマリオン・コティヤールが、共に素晴らしかった。演技はもちろんそうなのですが、どちらも非常に肉感的でセクシュアルに撮られていて。特に映画後半は生のほとばしりに満ちていた力強い人物像でした。これは魂だけではなく、肉体の映画でもあったのです。


何かが欠けた者同士が、肉体からやがて魂までぶつかり合い、変わっていく。そう聞くと通り一遍の成長物語に聞こえるでしょう。しかし男も女も矛盾だらけで、簡単に感情移入を許せる人間ではありません。それが下手な情感を入れずに喪失からの回復を描いていて、だから心の琴線に触れられる。これは素晴らしいドラマでした。また、リアルでザラザラした、でも陽光眩しい南仏を切り取ったHD撮影の画の中で、映像的で感動的な場面が多かった。バルコニーでの場面、映画後半の水族館での場面、雪で戯れる父子の場面など、映像がまぶたに焼き付きそうなくらいに鮮烈でした。


原題の「錆と骨」とはアリの事でしょう。錆は血の味。骨は折れたりきしんだりする拳。生っちょろくやわな邦題に比べて、映画に合っていると思います。


公開劇場の数は少ないけれども、機会があったら是非ご覧下さいませ。


君と歩く世界
De rouille et d'os

  • 2012年|フランス、ベルギー|カラー|120分|画面比:2.35:1
  • 映倫:R15+(刺激の強い性愛描写、ヌードがみられ、標記区分に指定します。)
  • MPAA (USA): Rated R for strong sexual content, brief graphic nudity, some violence and language.
  • 劇場公開日:2013.4.6.
  • 鑑賞日:2013.4.13.
  • 劇場:横浜ブルク13 シアター8/公開2週目の土曜13時50分からの回、横浜ブルク13の98席の劇場は4割の入り。
  • 公式サイト:http://www.kimito-aruku-sekai.com/ 映像も音も素晴らしい予告編、作品紹介など。