ザ・マスター



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

第二次世界大戦中に水兵をしていたフレディ(ホアキン・フェニックス)は、アルコール依存のまま、無軌道な日々を過ごしていた。頭にあるのはセックスと酒ばかり。行く先々でアルコールと暴力によるトラブルを起こしていた彼は、ひょんな事からランカスター・ドッド(フィリップ・シーモア・ホフマン)と知り合う。ランカスターは作家であり医者でもある思想家で、新興宗教ザ・コーズの教祖でもあった。フレディはコーズの教えやセッションによって徐々に自らをコントロール出来るようになるが、彼をトラブルの火種と見なすランカスターの妻ペギー(エイミー・アダムス)らは快く思わない。やがてフレディとランカスターの間にも亀裂が入り始めるのだが。


本作でまず目を引く要素は、役者の演技による緊張感でしょう。すっかりご面相ばかりか体型も変わってしまったフェニックスに、ぎょっとさせられます。顔の皺は太く深くなり、髪には白いものも混じり始め、肉体は筋肉ひとつ脂肪一つついていません。1974年生まれだというのに、何たる老齢化。アル中患者の体型を参考にした役作りだそうですが、その顔面演技も見ものとなっています。一方のでっぷりと太った粘着質な、でも掴みどころのない個性を生かしたホフマンとの対比も面白い。この2人の演技巧者に加え、相変わらず上手いエイミー・アダムスの絡みも良く、演技の出来る役者を眺める幸せを味わえます。やけに高画質な映像(一部65mm撮影と判明)でアップにされた男と男、そして女の、豪胆な演技をここは楽しみたいものです。


タイトルの「マスター」は映画の内容からすると教祖、師といった意味でしょう。となると新興宗教サイエントロジーの教祖ロン・ハバードをモデルにしているという、フレディの事だろうと想像するのは簡単です。しかし劇中ではフレディとランカスターは必ずしも主従関係ではありません。教祖であるランカスターは、フレディを救済しようとします。しかしフレディに惹かれているときは、ランカスターはマスターではないのです。この2人に限らず、人は必ず、誰かに依存しているのではないのか。映画のテーマはここにあります。


監督はポール・トーマス・アンダーソン(以下、PTA)です。『ブギーナイツ』『マグノリア』の頃の、若く、才気走った技巧も楽しかったものでしたが、前作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』で見せた「禍々しい異形」を切り取る手腕は本作でも健在です。『ゼア・ウィル〜』はダニエル・デイ=ルイス演じるダニエル・プレインヴューというマグマのような憤怒の塊を、ある種の災害映画という形でスペクタクルに描いた力作でした。本作はそのような発散はまるでなく、互いに磁力を持つように惹かれあい、反発しあう2人の男を、鬱屈としたタッチで描いていて、前作との対とも言えます。映像面では後半にあるバイクの疾走場面が唯一のスペクタクルでしょうが、カタルシスを呼ぶわけではありません。そもそも、感情移入という点において難度が相当に高い主人公2人なのに、映画の求心力は最後まで衰えません。密度が濃く、息苦しく、それが力強くバネを持ったタッチで描写されるとき、かくも過去に無かったかのような映画として仕上がっているのでした。


ジョニー・グリーンウッドによる前衛音楽もあいまって、胸倉掴まれて異世界に連れて行かれるのもアンダーソンの映画らしい。ゴツゴツした手触り、顔面演技と高密度な映像の相乗効果がもたらす迫力。なんか凄いものを観たと思いました。


ザ・マスター
The Master

  • 2012年|アメリカ|カラー|144分|画面比:1.85:1
  • 映倫:R15+(刺激の強いグループのヘア・ヌード、性愛描写、性的な会話がみられ、標記区分に指定します。)
  • MPAA (USA): Rated R for sexual content, graphic nudity and language.
  • 劇場公開日:2013.3.22.
  • 鑑賞日:2013.3.22.
  • 劇場:TOHOシネマズ ららぽーと横浜6/公開初日の金曜23時55分からの回は私を含めて9人の入り。
  • 公式サイト:http://themastermovie.jp/ 作品紹介、予告編、アンダーソンからのメッセージ等。