ジャンゴ 繋がれざる者



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

南北戦争前。奴隷だった黒人ジャンゴ(ジェイミー・フォックス)は、突如現れたドイツ人シュルツ(クリストフ・ヴァルツ)によって解放された。シュルツは元歯科医の賞金稼ぎで悪党3兄弟を追っており、彼らの顔を知っているジャンゴが必要だったのだ。銃器の特訓により、シュルツの相棒として敏腕賞金稼ぎとなったジャンゴだったが、彼の愛する妻ブルームヒルダ(ケリー・ワシントン)への想いは消えなかった。黒人同士が結婚するなど厳しく禁じられていた南部では、発覚すると仲を引き裂かれるのは当然。ブルームヒルダは奴隷として別の家に売られてしまったのだ。やがてブルームヒルダは、南部のプランテーション主キャンディ(レオナルド・ディカプリオ)の元に売られた事が分かる。キャンディは黒人奴隷同士に殺し合いさせて見物するのが大好きな、甘やかされて育った鬼畜野郎だ。慰安婦となっているであろう妻を救い出す為、ジャンゴとシュルツはキャンディの屋敷に向かうが。


タランティーノの新作は西部劇転じて南部劇の痛快アクション映画となっていました。上映時間2時間45分と相変わらず長いのですが、相変わらずグダグダなギャグと超血しぶきが笑える、残酷暴力娯楽映画となっていたのです。こう書くと近寄りがたく感じられるかも知れません。とにかく全てがやり過ぎ、大袈裟。撃たれるといちいち血と肉片が1リットルくらい飛び散り、幾らなんでもそりゃないでしょ。お蔭でクライマクスの大銃撃戦なんてぐちゃぐちゃ。アメリカ映画の西部劇をパクったイタリアのマカロニ・ウェスタンは残酷描写が売りでしたが、それをさらにアメリカでパクった…という生まれ育ちの映画ですから、大袈裟な血しぶきと大袈裟なキャメラワークも含めて、とにかく軽い。劇中では50人くらい死んでいる映画なのに、です。奴隷制度に絡む描写は重いものの、それ以外は深刻さとは縁遠いもの。最初から最後まで深刻な主人公ジャンゴ以外は皆、とにかくぺらぺらよく喋ります。KKKでさえ喋ります(史実では彼らが登場したのは南北戦争後ですが)。しかもしょうもない内容でぺらぺら喋ります。そう、時代がどこであれ、舞台がどこであれ、これは間違いなくタランティーノ映画なのです。


1番ぺらぺらと軽薄に喋るのがクリストフ・ヴァルツ演じるキング・シュルツという男です。小男のヴァルツがその名も「小男」という名前のドイツ人を演じるのがそもそもギャグですが、ぐらんぐらん揺れる臼歯のハリボテをバネで屋根に付けた馬車に乗って登場、というくだりからして大笑いです。口も度胸も頭脳も腕もありますが、タラの前作『イングロリアス・バスターズ』での衝撃的なランダ大佐程にインパクトは無いものの、既に存在自体が映画の肝となっている「軽さ」。しかもその役は意外な効能までありました。欧州人であるシュルツは極悪な奴隷制度を理解出来ません。これは奴隷制度を知ってはいても肌感覚では分かりにくい日本人にとって、かなり近い視点となっていました。映画が進むに連れてシュルツの中で徐々に込み上げてくる怒りに、観客は同じ思いを抱いてしまいます。かように映画前半をひっぱるのはヴァルツ=シュルツです。ジャンゴのメンターとしてこれ以上の役者は居ないでしょう。最初からヴァルツを想定していたという、タラにしては珍しくアテ書きとあって、水を得た魚の如く活き活きとしています。ヴァルツの台詞回しと顔面演技は見ものとなっています。素晴らしい!


そしてジャンゴ役ジェイミー・フォックス。喋りまくるヴァルツと無口なフォックスのコンビはドンピシャで、この2人はまた別の映画でも観たくなりました。しかもアクション映画の「庶民派」ヒーローとしてカッコ良いじゃないですか。クライマクスの銃使いっぷり!元々贔屓の役者でしたが、この映画は彼の代表作に入れて良いんじゃないでしょうか。


レオは初の悪役とか言われていますが、甘やかされた御曹司の悪役として、私の中では『仮面の男』のルイ14世役とダブりました。本作では奴隷同士で殺し合いをさせてそれを見て大喜び、しかも骨相学というエセ科学で黒人は従順であるなどとのたまう、虫唾の走る悪役です。中々力の入った演技でしたが、レオ=キャンディよりも印象的なのが、サミュエル・L・ジャクソン演ずる老執事のスティーヴンでした。スティーヴンはキャンディの父の時代からの執事で、黒人なのに黒人を徹底的に差別し、実質キャンディの屋敷を仕切っている男です。要は屋敷はスティーヴンの城でもあるのです。しかしジャンゴを見て、黒人が馬に乗って白人と同等の口を利くのを見て、自分の城の危機を知ります。これでは他の奴隷達にも「分かってしまう」、と。ですからスティーヴンはジャンゴらを徹底的に排除しようとします。へらへらへりくだった態度を見せて静かに迫り、途端に牙を剥く蛇のようなジャクソンが素晴らしく、またこの凝った悪党の組み合わせが素晴らしく、敵として不足ありません。ジャクソンは狡猾かつ情けない悪党を嬉々として演じていて、これまた笑えました。


元々タランティーノ作品ではレギュラー扱いだったジャクソンだけではなく、ヴァルツも加えられた為、台詞にコクも面白さも与えられる能弁かつ雄弁な役者を2人が揃ったのは大きい。タランティーノの長台詞が活きます。文字通り活き活きします。暴力描写と笑いばかり言われる映画ですが、引き出しの多い役者達の活躍も見ものとなっています。



映画全体の根底には黒人の奴隷制度というアメリカの負の遺産を描きながら、しかしマカロニ・ウェスタンという「安手」の娯楽映画というオブラートに包み、娯楽アクションコメディにさえ仕立ててあって、よくもこんな映画を考えたものだなと舌を巻きました。要所の緊迫感も素晴らしい。時にシリアス、時に大笑い、時に暴力的、時に痛快と、タランティーノらしいごった煮闇鍋映画になっています。出て来る白人はドン・ジョンソンジョナ・ヒルゾーイ・ベルら殆ど悪党で、しかもその殆どが殺されてしまうというヒドい映画。通俗的な娯楽映画のフォーマットに則った上で、過去の映画を引用してのパッチワークを展開し、結果的に今までに無い映画にしてしまっているという荒業。いや、荒業というのは語弊があります。密度の濃い手練手管が詰まった細かい筆さばきを重ねた結果、大きなカンバスの上で誰も観た事のない映画に仕上がった、と言いましょうか。そんな点でも痛快な映画でした。いやぁ面白かった。楽しかった。これは是非、お勧めしたい映画です。


このように満足度の高い映画ですが、男性器が登場する幾つかのショットでボカシが入れられていたのは、元々の作品の意図を殺している観点から、非常に残念だった事も付け加えておきましょう。


ジャンゴ 繋がれざる者
Django Unchained

  • 2012年|アメリカ|カラー|165分|画面比:2.35:1
  • 映倫:R15+(刺激の強い、銃器による数々の殺傷・出血、肉体損壊及び私刑、拷問の描写、人種差別用語の多用がみられ、標記区分に指定します。)
  • MPAA (USA): Rated R for strong graphic violence throughout, a vicious fight, language and some nudity.
  • 劇場公開日:2013.3.1.
  • 鑑賞日:2013.3.9.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ港北11/公開2週目の土曜朝9時20分からの回は、妻と私を含めて20人強の入り。
  • 公式サイト:http://www.sonypictures.jp/movies/djangounchained/ 予告編、動画、映画情報、ゲーム等。