世界にひとつのプレイブック



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

8か月ぶりに精神病院から出たパット(ブラッドリー・クーパー)は、妻の浮気現場を目の当たりにし、その相手を半殺しにした男。彼は自己の怒りを抑制出来ないのだ。退院後も、パットは接近禁止令を出されているにも関わらず、妻に未練たらたら。お互いに愛し合っているのだから、身体を鍛えたら妻との復縁が叶う、などと思い込んでいる。その彼がジョギング中に知り合った若いティファニージェニファー・ローレンス)は、夫を事故で亡くした精神的ショックで、職場の同僚全員と寝てクビになった女。ティファニーはダンス競技会に出場希望しており、妻に手紙を渡すとの交換条件付きでパットにパートナーを依頼するが。


今まで知らなかったのですが、原題にある「silver lining」とは希望の光の意味とか。そしてプレイブックはアメフトの戦術本の事。ご存じの通り、アメフトは分業制が明確なスポーツです。つまりこれは、各人のキャラの役割分担が明確な、希望についてのロマンティック・コメディなのでした。


監督と脚本はデヴィッド・O・ラッセル。『ハッカビーズ』(2004)の撮影現場で執拗にリリー・トムリンをののしり続けてから(ネットに動画も上がっているそうです)、映画界を一時期干されていた鬼才です。マシュー・クイックの原作があるものの、成程、パットはラッセルでもあったのですね。怒りを抑制できない男が、心の希望と癒しを得る物語。これが一風変わったカップルを描いていて、とても面白い出来でした。ラッセルの前作『ザ・ファイター』同様に、こちらも濃い各キャラが立っている家庭を描いていて、笑わせてくれます。パットの父(ロバート・デ・ニーロ)は家族想いですが、スポーツ賭博のノミ屋で、全財産を賭けにつぎ込む困った男。母(ジャッキー・ウィーヴァー)は家族に振り回されておろおろしつつも、優しく見守る女。兄は兄で弟を負け犬と見下しているようですが、一方で弟想いの面もあります。とまぁ、これだけでファミリー・コメディが出来そう。すっかり太ってびっくりのクリス・タッカーも、久々ジュリア・スタイルズに、その夫を演じるジョン・オーティス、インド人のセラピストやら、脇役に至るまで皆素晴らしかった。彼らのアンサンブル演技を観るだけでも楽しい。


しかしながら優れたアンサンブル演技が観られる映画の焦点は、当然のように不器用なカップルに合わされています。前半におけるブラッドリー・クーパー演ずる主人公への感情移入断固拒否な造形が、この手の映画にしては異彩を放っています。これでもかとばかりにこちらの神経を逆なでする、その言動の嵐。無神経かつ自己中心的な神経症。笑えるものの、観ていてぶん殴りたくなる衝動にかられるのは、恐らく私だけではないでしょう。いい加減にしろ、と。しかしです。後半に至ってはいつの間にか、そのパットに声援まで送りたくなりました。パットはティファニーに出会い、ダンスと出会う事によって、微妙な匙加減で気付かない位の変化を見せ、最後はラブコメらしく「王子」になります。素顔はハンサムなクーパーを起用した配役の勝利でもありましょう。パットは我々の弱い部分を極端に抽出したキャラ、それもある意味、若干美化されたキャラでもあったのではないでしょうか。


そのクーパーも良いのですが、我らがジェニファー・ローレンスの破壊力は抜群でした。今まで観た映画の中でも1番良かったです。クーパー同様に振幅の激しい役柄ですが、スクリーン上での存在感たるや、完全にクーパーを食っています。怒りと悲しみを抱えつつ、それでも前進しようとするパワーを見せるティファニー。特に映画後半にある台所の場面。啖呵切る彼女は拍手喝采ものでした。この胸がすく場面を観るだけでも劇場に出掛ける価値があります。しかしアンサンブルを基調とする映画の中で、強烈な印象を残しつつもプレイブックに沿って、一人だけ目立つ事はしません。自己顕示欲だけが目立つスターになるのではなく、ジェニファー・ローレンスは演技者たらんとしていました。派手な演技を見せつつも、自己を律した的確な演技。これは難度が高い。勿論、その演技を引き出したラッセルの演出や、適格な編集も、ここは褒めるべきでしょう。


映画前半にイライラさせられても、後半になってその反動とばかりに映画は高揚感と感動で盛り上がり、やがて画面は多幸感で満たされます。あちこち笑えて、最高にハッピーな、でもちょっと変わったロマンティック・コメディ。野暮を承知で言えば「あばたもえくぼ」。欠点だらけでも愛すべき人間たち。傷付いても、へこたれそうになっても、いつか前に進めるよ、というエール。これは良いですよ。


妙に生々しい映像だったので撮影監督は誰かと思っていたら、昨夏に観てインパクト満点だった『THE GREY 凍える太陽』のマサノブ・タカヤナギでした。彼も今後注目の撮影監督です。


世界にひとつのプレイブック
Silver Linings Playbook

  • 2012年|アメリカ|カラー|122分|画面比:2.35:1
  • 映倫:G
  • MPAA (USA): Rated R for language and some sexual content/nudity.
  • 劇場公開日:2013.2.22.
  • 鑑賞日:2013.2.22.
  • 劇場:TOHOシネマズ ららぽーと横浜3/公開初日の金曜23時40分からの回は30人弱の入り。都心では完売の回もあったというから、人気の模様。
  • 公式サイト:http://playbook.gaga.ne.jp/ 予告編、スタッフ&キャスト紹介、ブラッドリー・クーパー来日模様等。