ゼロ・ダーク・サーティ



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

2001年9月11日。世界貿易センタービルを襲った大規模攻撃テロにより、3千人の人命が失われた。CIAは膨大な費用と人員をつぎ込み、首謀者とされるアルカイダの首領オサマ・ビン・ラディンを追うが、全く足取りが掴めない。そんな状況の2003年、パキスタンイスラマバードにあるCIA極秘施設に、まだ20歳そこそこのCIA分析官マヤ(ジェシカ・チャステイン)が着任する。やがて彼女は、あらゆる手段を使ってビン・ラディンの居場所を突き止める狩りに執念を燃やすようになる。そして2011年、マヤはその居場所を突き止めるのだが。


タイトルは「深夜0時30分」の意味、つまりアメリカ海軍特殊部隊ネイビー・シールズが、ビン・ラディンの隠れ家を急襲した時刻を差します。北米でのキャッチコピーが「The Greatest Manhunt in the History」というものでしたので、『ハート・ロッカー』の監督&脚本家の硬派コンビにしては、ちょっとアメリカ万歳になっていやしないか、という鑑賞前の危惧がありました。しかしそれは全くの杞憂でした。これは今年観た映画の中で間違いなくインパクト最大級の映画です。2時間40分近い超大作ですが、緊張感が最後の最後まで持続し、しかも後半たるやさらに緊張がいや増します。


冒頭の数分は、何も映し出されない漆黒のスクリーンに、テロの犠牲者たち最後の通信が幾重にも流れます。ここで観客に悲惨なテロを痛感させ、映画への感情移入を促すように見えます。つまり、こんな惨い事をしたビン・ラディンを殺害するのは正当だ、と。しかし『ハート・ロッカー』コンビは一筋縄では行きませんでした。



映画はダレる事なく進みます。証拠を丹念に追い掛ける捜索過程の偏執狂的ディテールの積み重ねが、主人公マヤ像に重なって行くように見えました。妄執とか偏執とか狂気とか、そんな言葉が映画を観ながら脳裏に浮かびます。映画冒頭では拷問から顔をそむけていた彼女もやがて変わっていきます。自ら直接手は下さなくとも、拷問、尋問、盗聴、監視、買収と、あらゆる手段を使ってテロリストを追い詰めようとするのです。テロの首謀者を捜索し、特殊部隊を送り込んで殺害を実行するという娯楽映画になりそうな題材を、求心力衰えないパワフルな脚本と演出と演技で引っ張りつつ、興奮や高揚感と無縁な映画に仕立ててあります。特に緊張感最高潮となる特殊部隊による「排除」を、リアルタイムで描いたクライマクス30分には心底ぞっとしました。暗視ゴーグルに浮かぶ緑色の映像。プラスティック爆弾を使い、次々とドアを破壊し、少しずつ進む顔の見えない兵士達。暗がりの中、重装備の特殊部隊が数人の男女とその子供達が住む一軒家を襲撃し、一方的に制圧します。これは並のホラー映画よりも怖いくらいでした。


説明的でない映画のテーマは、観客が各自で考えるようになっています。豊穣な映画では幾つもの題材が扱われています。人間の執念や狂気。超大国が膨大な時間と費用と人員を割いての、たった1人の男の殺害。システマティックで非情な組織における、個人の役割や位置、影響。これは間違いなく監督キャスリン・ビグローの最高傑作です。映画はマヤの私生活や内面を殆ど描写せずに、説明調の台詞や情感溢れる描写を徹底的に排除し、彼女の捜索や推理等の言動に殆どの上映時間を費やしています。つまりドラマを描かずして人間を描いているのです。情感を徹底的に削ぎ落とした、文字通りのハードボイルド。映画はマヤに寄り添いつつも、果たして彼女に感情移入していたのでしょうか。CIA局内での男尊女卑に遭い、あるいはテロで狙われ、しかし自らの任務に突き進むマヤ。ひょっとするとマヤは、過酷な男性社会ハリウッドで自分の撮りたい題材だけ追及する、キャスリン・ビグロー自身なのかも知れません。ビグローの今後のフィルモグラフィにおいても、ここまで到達するのは難しいのではないか、と思わせる完成度でした。


ここ2-3年で急に顔を見るようになったジェシカ・チャステインの初登場場面は、彼女が学生にしか見えないのにも驚かされました。チャステインの実年齢は今年35歳だし、劇中でも表面上は後半に至っても老けメイク等はせず、演技で年齢や性格の変化を演じ切っています。新進女優の演技力見本市という観点で言えば、ある意味彼女のアイドル映画でしょう。その意味で『マルホランド・ドライブ』のナオミ・ワッツを思い出しました。しかし感情表現の振幅激しいという事は殆ど無く、映画のスタイル同様に抑制された演技でもあります。だから感情の発露が垣間見える場面が強烈なのです。いや、これは本当に素晴らしい演技でした。また彼女以外でも、要所での良い役者の配置も目立つ映画でもあります。先輩CIA工作員ジェイソン・クラーク、『アルゴ』同様のCIA上司役カイル・チャンドラー、同僚ジェニファー・イーリーエドガー・ラミレスジョエル・エドガートンマーク・ストロング、千両役者のジェームズ・ガンドルフィーニ。ガンドルフィーニは、個人的には先日の大規模な会議でのエラい人を想起しました。口悪く、叱咤激励、でも妙に愛嬌がある太目のトップ(に近い人)。映画を観ていてニヤニヤしてしまいました。


アレクサンドル・デスプラの音楽も非常に抑制が効きつつ効果的でした。演奏はロンドン交響楽団。デスプラ自身は『アルゴ』に引き続いての中近東CIAもの。最近、デスプラは中東づいているのでしょうか。また映画の音響の凄まじさも挙げておきましょう。クリアでダイナミックレンジの広い音響設備を持つ劇場での鑑賞をお勧めします。


間違いなく傑作。超の付くお勧め映画です。


尚、キャスリン・ビグローの次回作は、やはりマーク・ボール脚本の映画のようです。ハードボイルドな監督と、主観性と客観性を持ち合わせたジャーナリスティックな脚本家の相性は良いようです。どんな映画になるのか期待しましょう。



ゼロ・ダーク・サーティ
Zero Dark Thirty

  • 2012年|アメリカ|カラー|157分|画面比:1.85:1
  • 映倫:PG12(銃器による殺傷・出血、及び拷問の描写がみられるが、親又は保護者の助言・指導があれば、12歳未満の年少者も観覧できます。)
  • MPAA (USA): Rated R for strong violence including brutal disturbing images, and for language.
  • 劇場公開日:2013.2.15.
  • 鑑賞日:2013.2.23.
  • 劇場:TOHOシネマズ ららぽーと横浜12/平日金曜23時35分からの回は30人弱の入り。
  • 公式サイト:http://zdt.gaga.ne.jp/ 予告編、監督&脚本家及びキャスト紹介、プロダクション・ノート等。