ヒミズ



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

人間のクズのような両親の元で生まれ育った中学3年の少年・住田(染谷将太)。彼の将来の夢は、「普通の大人」になって普通に幸せになる事だ。どこか醒めていて大人びている彼に、同級生・茶沢景子(二階堂ふみ)はぞっこん。住田を付け回し、疎まれている。そんなある日、住田の母は男と蒸発してしまう。彼に残された肉親は、時折帰宅しては金を無心し、容赦なく暴力を奮い、酔って「お前は生まれて来なければ良かった」と繰り返す父親のみ。住田はある事件をきっかけに精神が崩壊し、これからの人生は「オマケ人生」とし、世の中に役立ちたいと「悪いヤツ」を殺すべく、包丁を紙袋に入れて町に飛び出す。


私は「頑張れ」という言葉が嫌いです。元々頑張れとは、自分に対して言うものであって、他人に言うものではありません。本来は「私には関係ないけれど、頑張ってね」というニュアンスなのです。そんな言葉を軽々しく口にする人に対しては、いささかの軽蔑を抱いてしまいます。だが、ときとして言葉は、そんな私個人の概念すら吹き飛ばしてしまう場合もあるのです。


冷たい熱帯魚』(2011)、『恋の罪』(2011)と、映画の最初から最後までパワフルな話題作を連打した園子温監督の新作は、またもパワフルな作品、しかも青春映画です。『冷たい〜』のラスト30分のダウングレードや、あるいは『恋の罪』の作られ過ぎた世界と違って、これは最後の最後に怒涛のような感動が押し寄せる力作でした。昨年からの園子温3作品の中で1番気に入った…等という軽々しい感想も吹き飛ぶくらいインパクトがあったのです。古谷実の原作コミックは読んでいないけれども、かなり変えているのは間違いありません。何より、映画冒頭でスクリーンに映し出される震災後の宮城の町の情景に言葉を失います。そう、これは3.11.後の現代の日本を舞台にした映画なのです。

徹底的に破壊しつくされた町をキャメラがゆったりとした横移動で捉えるとき、ガイガーカウンターの不気味な音が劇場内に響きます。地震津波に襲われ、放射能汚染の恐怖がある今の日本で、少年の普通の大人になりたいという願いは何と痛切な事か。今も現在進行形で震災が続く日本で、夢も希望も無い少年と、彼に一途な愛を捧げる少女が、過酷な日本で生き抜いて大人へとなっていく物語となっています。


映画開始早々に茶沢による詩の朗読が始まって、正直に言って『恋の罪』終幕を思い出し、嫌な予感がしました。「またも作者の独りよがりで、観客に伝わらない詩の朗読か…」と。幸いにもそれは杞憂でした。まぁでも、正直に言いましょう。この映画は私の苦手な要素が盛りだくさんなのです。舞台劇調大熱演の連打、怒号、号泣、絶叫、憤怒…。一見するとデリカシーもへったくれも無い演出と脚本のよう。マイケル・ベイも真っ青な厚顔無恥、破廉恥さの塊のような映画にも思えます。まぁ、ベイの中二病をここで揶揄してみ仕方ありません。園子温はより確信犯的なのですから。こういった要素にも関わらず、少年少女それぞれの思いが強烈なだけに、ネガティヴな各要素の印象すら薄くなりました。現代日本に生き、悩む2人の少年少女。それを野暮ったいまでにど真ん中に投げ込む台詞の応酬で見せるのです。


ヒミズ』と『恋の罪』を見ると、園子温は言葉の力を信じているのがよく分かります。しかし言葉は肉体を伴わなくては空疎なだけです。幸いにも、『ヒミズ』は『恋の罪』と違ってがっちりとした肉体を伴っていました。だからラストでは観客である私も、熱い思いを持って主人公2人を応援出来ました。演じた染谷将太二階堂ふみは全く知らなかった俳優でしたが、全くもって素晴らしい。片や絶望を、片や絶望と打ち負かす希望を体現した2人の若者を見ると、文字通り未来を託したくなります。


粗を探せば幾らでもあります。脇役のときに類型的な造形や新劇調の台詞回しには、いささかうんざりさせられました。作品のペースも乱れているように思えるところもあります。しつこく繰り返し使われるサミュエル・バーバの『アダージョ』と、モーツァルトの『レクイエム』には、かなりうざったく感じられました。それでも私は、全編を貫く力強い絶望と希望を肯定したい。言い方を変えましょう。映画の根底に流れる絶望を、それをやがて凌駕する希望を肯定したい。「住田!頑張れ!」と連呼される言葉を、若者にとって夢の無い社会の一端を担う大人として、幾度も噛み締めたい。そしてこれは、子供自身、子のいる親自身、大人自身と、それぞれの立場で観た感想も変わるであろう作品でもありました。


この映画は「今」の日本で観るべき映画です。そもそも映画とは同時代のものであって、公開されたときに観るのが本来でありますが、そんな前提はともかく、数ヵ月後にリリースされるヴィデオグラムではなく、「今の日本」で観るかどうかで、全然印象も変わるのではないでしょうか。今の日本でスクリーンに映し出される主人公たちの葛藤を、暗闇で固唾を呑んで見守る。これは素晴らしい映画体験です。このような経験を多くの人にしてもらいたい。観終わった後に劇場でそう思いました。


ヒミズ

  • 2011年 / 日本 / 129分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):PG12(親からの虐待などがみられるが、親又は保護者の助言・指導があれば、12歳未満の年少者も観覧できます。)
  • MPAA(USA):-
  • 劇場公開日:2012.1.14.
  • 鑑賞日時:2012.1.14.
  • 劇場:TOHOシネマズららぽーと横浜/デジタル上映。公開初日の土曜朝9時40分からの回は、毎月14日の千円デーとあってか、30人ほどの入り。この時間帯にしては入っている方では。
  • パンフレットは700円。園子温を含め、キャストらへのインタヴューや原作本紹介など、充実した内容。
  • 公式サイト:http://himizu.gaga.ne.jp/ 予告編、スタッフ&キャスト紹介、プロダクション・ノート、原作紹介、コメント等。