ウルフマン


★film rating: C+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

19世紀末のイギリス。人気舞台俳優ローレンス・タルボット(ベニチオ・デル・トロ)は、兄の婚約者グエン(エミリー・ブラント)から兄が行方不明になったとの報を受け、故郷の村に戻る。冷酷な父ジョン・タルボット卿(アンソニー・ホプキンス)と久々に再会するも、既に兄は無残な死体となって発見されており、ローレンスは犯人を探そうと手を尽くす。しかし手掛かりを追って訪れたジプシーの村で狼らしき動物の襲撃を受け、ローレンスは重傷を負ってしまう。驚異的な体力で回復すると同じくして、村では満月の晩に凶行が繰り返されるようになっていた。ロンドン警視庁からアバーライン警部(ヒューゴ・ウィーヴィング)が捜査の為に送り込まれるが。


古典的怪奇映画の題材であった人狼ものを、真っ向勝負の正統派ホラーとして製作した映画です。しかし正統派であろうとしたのが逆に足を引っ張っている部分もありました。


狼男映画のプロットは、基本的にその昔から殆ど変わりません。ローレンス・タルボットが狼に噛まれ、自らも狼男の呪いを受けて満月の晩に凶行を繰り返すが…というもの。内容に捻りを加えても、単純に人間の二面性を描く程度の底の浅さでタカが知れているのか、古今東西を見渡しても傑作・名作の類いは生まれていない、と耳にします。僕自身が観た狼人間映画で印象に残っているものと言えば、ジョー・ダンテの佳作『ハウリング』(1980)と、ジョン・ランディスのコメディ・タッチの『狼男アメリカン』(1981)くらい。どちらも当時最新の技術が導入された変身場面が話題となっていました。特に後者は今や巨匠となったリック・ベイカーによるメイクアップとメカニカル効果が凄まじく、明るい室内での変身が克明に描かれていたのが衝撃的でした。肉体の変容に伴う苦痛が真に迫って描き出されており、人狼化する主人公の苦悶の表情も素晴らしい。ホラーにエモーショナルな瞬間を封じ込めた、1つの傑作アートと言えます。但し映画はホラーとコメディの融合が必ずしも上手くいっておらず、結末もありきたりでした。実は『ウルフマン』は、そのベイカーが特殊メイクを手掛けているのも売りとなっている、大作ホラー映画なのです。


監督は元ILMの視覚効果デザイナーで、『ミクロキッズ』(1989)で映画監督デヴュー後、『ロケッティア』(1991)、『遠い空の向こうに』(1999)、『ジュラシック・パークIII』(2001)、『オーシャン・オブ・ファイヤー』(2004)と、作品を世に送り出しているジョー・ジョンストン。彼の素直な素質が初のホラー映画とどのような相性を見せるのか、興味がありました。実際に映画を観てみると、普通のドラマ部分も含めて映像センスは素晴らしい。光と影を用い、彩度を落とした渋い画調は、雰囲気がありました。しかし問題なのはまるで怖くないことです。首やら手足やら血やら内臓やらが派手に飛ぶし、脅かしもそれなりにあるのですが、スリルがまるで盛り上がりません。ホラーテイストだったら『ジュラシック・パークIII』の方がはらはらしたというのは、記憶違いなのでしょうか。編集は名手ウォルター・マーチが手掛けていますが、本来あるべきものが無い撮影済み素材から、緊張を醸成するのは無理だったのでしょう。


盛り上がらないのはスリルだけではありません。アンドリュー・ケヴィン・ウォーカーとデヴィッド・セルフの脚本は、派手で大掛かりな見せ場を用意していますが、内容自体は平板そのものです。主人公ローレンス・タルボットの悲劇も、その冷血な父ジョン・タルボット卿との確執も、兄の婚約者グエンとの恋模様も、アバーライン警部の捜査も、面白い素材は揃っているのに、どれも浅い。特にひどいのがグエンとローレンスの描き方で、グエンの心情がろくに描かれていないものだから、死んだ兄から弟に簡単に乗り換えたかのようにさえ見えてしまいます。また、切り裂きジャック事件を捜査したと鳴り物入りでやって来た、実在のアバーライン警部を担ぎ出したにも関わらず、大した推理も見せ場も用意していないも勿体無い。後半に用意されていた精神病院での大勢の医師たちを前にしての「実験」場面も、散々期待させた程の大殺戮とはならず、こちらもホラー映画としてのサーヴィス不足を感じました。


主人公ローレンスは、性格付けが余りはっきりしていないので、演技力のあるデル・トロも残念ながら今一つ冴えません。その父役アンソニー・ホプキンスは、「軽やかな悪質さ」と「明るい陰湿さ」を演じていて、観ていて面白かったです。アバーライン警部役ヒューゴ・ウィーヴィングは、粘液質な彼独特の台詞回しが嫌らしくて良かったのに、見せ場も無く残念でした。気になる女優の1人エミリー・ブラントは前述の通り決定的に描き込み不足。美貌を見せるくらいで、こちらも勿体無いものでした。


リック・ベイカーの特殊メイクは、古典的な「狼男」のデザイン。変身場面はCGを多用していたようですが、グラフィックな残酷描写等と共に手抜きは無し。良く出来ていますがわざと懐古調にしており、この意図的な古臭さをどう思うかでも評価が変わって来るでしょう。僕自身は気に入っていますが。


一度書きあげたスコアが没になったものの、結局採用されたという意味不明な経緯を踏んだダニー・エルフマンの音楽は、映画の内容に合った力作でした。


ウルフマン
The Wolfman

  • 2010年 / イギリス、アメリカ / カラー / 102分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):R15+
  • MPAA(USA):Rated R for bloody horror violence and gore.
  • 劇場公開日:2010.4.23.
  • 鑑賞日時:2010.4.30.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ港北ニュータウン6/ドルビーデジタルでの上映。公開1週間後の金曜11時分からの回、187席の劇場は10人程度の入り。
  • 公式サイト:http://wolfman-movie.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、壁紙、ブログパーツなど