戦場でヴァルツを



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

映画俳優のクリストフ・ヴァルツクリストフ・ヴァルツ)は悩んでいた。自分が実質主演を果たした『イングロリアス・バスターズ』(2009)の世界的大ヒットと、自身のアカデミー賞受賞もあって、齢50にして引っ張りだこのスターにもなったにも関わらず、である。自分の存在価値とは、俳優とは、演技とは、そして人生とは。思い悩む内に妻のメラニーメラニー・ロラン)や、親友のミヒャエル(ミヒャエル・ファスベンダー)らとの仲もぎくしゃくし始めた彼は、偶然の積み重ねによりガザ地区に赴く事になる。そこで彼が知った自分の生とは。


先日のアカデミー賞で、事前の賞レース総なめの結果通りに受賞した、俳優クリストフ・ヴァルツを主人公に据えたメタフィクション・ドラマです。カメラの前で生々しく告白するインタヴュー映像と実生活を描いたドラマを主にした前半、後半における戦争状態となっているガザ地区での迫力あるドキュメント映像もあって、映画は観客を引き付けて離しません。やはり見ごたえがあるのはクリストフ・ヴァルツで、ユーモアと陰影を交えた立体的な俳優像を演じています。自己憐憫と自虐を交えた滑らかな活舌が最高に面白い。また『イングロリアス〜』でも数ヶ国語を喋っていた語学の才能の持ち主だけあって、本作ではアラビア語まで披露。ガザ地区では脳内ではなく実際の異文化との遭遇に、驚きと喜びが入り混じり、どこまでが演技でどこまでが本当なのか、見ていて分からなくなります。


脇を固めるメラニー・ロランミヒャエル・ファスベンダーは、共に『イングロリアス』で共演した俳優たちです。ファスベンダーとはあちらでは同じ場面では出ていませんでしたが、初共演となる本作では歳が離れた長年の友人かのよう。また、浮世離れしたハリウッドの象徴として、いつまでもふらふらとプレイボーイ振りを発揮しているジョージ・クルーニーが、本人役を嬉々として怪演しているのが可笑しい。特にクルーニー宅でのパーティ場面での彼の大爆発振りと、それに戸惑うヴァルツの反応は劇場内で大爆笑だったことを言い添えておきましょう。


監督は『戦場でワルツを』(2008)のアリ・フォルマンで、本作は一部にアニメーションを用いた演出が効果的です。同作では意図的にイスラエル側からの視点のみで、アラブ側が描かれていませんでしたが、本作では一見するとそのアラブ側に歩み寄ったかのような印象を与えます。しかしながらここにあるのはアラブ側の視点ではなく、飽くまでもオーストリア人俳優と、イスラエル人であるフォルマンの視点として描かれており、海外での視点のブレという批判は的外れでしょう。その点ではフォルマンの首尾一貫した姿勢が伺えます。特に後半におけるガザ地区の描写は、センセーショナルとは無縁の冷静な視線となっており、日本人にとっても非常に興味深いものとなっています。


『戦場でヴァルツを』はキワ物企画のように出発しますが、その実硬派であり、最後まで求心力が衰えることが無い力作です。一見の価値があり、お勧めです。


戦場でヴァルツを
Waltz in Gaza

  • 2010年 / イスラエルオーストリア、ドイツ、フランス、アメリカ、フィンランド、スイス、ベルギー、オーストラリア / カラー / 90分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):PG12
  • MPAA(USA):Rated R for some disturbing images and language.
  • 劇場公開日:2010.4.1.
  • 鑑賞日時:2010.4.1.
  • 劇場:TOHOシネマズ 船橋ららぽーと18 ドルビーデジタルでの上映。公開初日の水曜日15時25分からの回、116席の小劇場はチケット完売。
  • 公式サイト:http://www.waltz-wo.jp/ 予告編、ギャラリー、クリップ集、スタッフ&登場人物紹介など。
  • 付記:『戦場でヴァルツを』というのはエイプリルフールの冗談であり、実在しない映画になります。悪しからず。