マイレージ、マイライフ



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ライアン(ジョージ・クルーニー)は、企業に成り代わってリストラを本人に直接宣告する業務を行う、コンサルタント会社の一員。年間322日の出張で各都市を飛び回っていたが、彼にはマイルを貯めるという密かな楽しみがあった。ある日、出張先のバーで知り合ったキャリア・ウーマンのアレックス(ヴェラ・ファーミガ)と意気投合し、互いの出張が近くなる度に会う後腐れのない関係となる。一方、会社には有望な新人ナタリー(アナ・ケンドリック)が入社し、テレビ会議システムを使った遠隔リストラシステム導入を提唱する。これで大幅なコストダウンが可能になるというのだ。仕事の現実が分かっていないと、ライアンはナタリーを連れて実地教育することになるが。


日本での宣伝コピーは「あなたの“人生のスーツケース” 詰め込みすぎていませんか?」。これは時折講師も務めるライアンの講演内容です。しかし映画を観終えてから思ったのは、「あなたの“人生のスーツケース” 空っぽではありませんか?」じゃないか、ということでした。ライアンは赤の他人に面と向かって首切りを宣告しながら、同時に将来への希望も持たせるという矛盾した仕事をしています。彼が人との深い繋がりを疎ましく思う性分なのは、この仕事を続けて来たからなのか、元々そのような性格だったから今の仕事を続けられているのか、それは分かりません。独身で気楽な生活を楽しんでいるようですが、出張を終えてガランとして何もない部屋に戻ると、一抹の寂しさも感じてもいます。このように人生というスーツケースに無駄なものは詰め込まないとして来た男が、それで本当に良いのかと疑問を持つのが主題となっています。


そのスーツケースに入れていなかったらしい、いささか疎遠だった姉妹らとの縁も、妹(メラニー・リンスキー)の結婚を機にそうもいかなくなります。その象徴が妹夫婦の写真を貼った切抜きパネルです。ライアンは妹に頼まれ、出張先の各地名所前でパネルを撮影し、偽造観光記念のような写真を撮る羽目になります。しかもそのパネルは、忌々しいことに文字通りスーツケースに入り切らずにはみ出ている始末なのが可笑しい。こういったユーモアが随所にあって笑えます。基本的にシリアスなテーマの映画なのですが、例えば出張慣れしているライアンの異常なまでに手際良い荷物詰めから、空港での無駄無い立ち振る舞いなど、絶妙な編集もあって大笑い出来ます。


原題の『Up in the Air』は、出張で「空の上」ばかりにいるのと、「宙ぶらりん」の境遇にある主人公と、2つの意味を重ね合わせたもの。その意味は結末で明らかになります。安易なハッピーエンディングや愚鈍なアンハッピーエンディングではなく、そのどちらも迎えさせなかったのは賢明でした。主人公の人生を肯定も否定もせず、しかし笑いを交えて淡々と綴ったのがこの映画の面白さ。観客によっても、ライアンの生き方を肯定するか否か、見方が分かれそうそうです。また、アレックスの何気ない言動の意味が後で判明したり、ナタリーが直面する現実など、細かなエピソードや道具立てが豊富で、ジェイソン・ライトマンシェルダン・ターナーの脚本は、隅々まで神経が行き届いています。至る所に配置された寓意や伏線など、少々小うるさく感じる程。しかし『サンキュー・スモーキング』(2006)や『JUNO/ジュノ』(2007)に続くこれが監督第3作目となるジェイソン・ライトマンの演出が好調で、テンポと緩急を生かした軽妙なタッチもあり、小賢しい嫌味になっていません。また、要所に挿入されるリストラ宣告された人たちに、リストラされた素人を起用し、虚実ない交ぜの妙味を与えています。


ダーク・スーツが似合う伊達男ジョージ・クルーニーは演技巧者ではありませんが、役柄を自分に引き寄せる力があります。嫌いになれず、つい感情移入してしまう魅力が主人公に感じられるのは、クルーニーというスターの持つ輝きにあります。アレックス役ヴェラ・ファーミガも素晴らしい。セクシーな大人の女性役を知的に演じていて、儲け役ではあるものの強烈な印象を残します。アナ・ケンドリックは、やや誇張された利発な今風の若者として描かれ、しかし現実を知って衝撃を受けてしまうという、ややもするとステレオタイプになりそうなナタリー役を、血の通ったものにしていました。この3人は記憶に残る登場人物像を作り上げています。ライアンの上司役ジェイソン・ベイトマンと、リストラされる内の1人を演じたJ・K・シモンズ、終幕に美味しい役で登場するサム・エリオットらは、ジェイソン・ライトマン映画の常連になりつつあるようです。


マイレージ、マイライフ
Up in the Air

  • 2009年 / アメリカ / カラー / 108分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):G
  • MPAA(USA):Rated R for language and some sexual content.
  • 劇場公開日:2010.3.12.
  • 鑑賞日時:2010.3.14.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘6/ドルビーデジタルでの上映。公開2日目の三連休2日目の日曜朝9時35分からの回、170席の劇場は半分の入り。
  • 公式サイト:http://www.mile-life.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介など。面白いのは映画と提携しているアメリカン航空ヒルトンのサイトへのリンクが堂々とあること。