ハート・ロッカー



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

イラクでの爆弾処理班員として現地に送り込まれたジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)は、サンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)、エルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラルディ)と3人でチームを組むことになる。だがジェームズは抜群の腕を誇るものの、死など恐れないが如く無鉄砲な行動を繰り返す男だった。いつ死ぬかも知れない極限状況のもと、チームを度々危機に陥れるジェームズの行動に、チーム内で反目が起こる。任務完了までの日は刻々と迫って来るが。


個人的にはレストランの料理も、劇場で観る映画も、良い意味での驚きがあるものが好きです。この映画を観ながら、思わず「こんな映画は観たことがない」と脳内でつぶやいてしまいました。それくらいに臨場感と緊張感が漲り、新たな地平へと観客を連れ去る映画です。観客を戦場に引きずり込むかのような豪腕演出と一歩引いた醒めた視線。キャスリン・ビグローはアクションやサスペンスが上手くても人物の感情などの細部が粗い監督でしたが、本作では素質と内容が合っていました。これは彼女の最高傑作です。


「hurt locker」とは「極限状況に閉じ込められること」や「棺桶」といった意味の軍隊でのスラングだとか。そう、この映画は棺桶に片足を突っ込んだ如く自ら進んで危険な目に遭う、極限状況に置かれた男たちを描いた映画なのです。主人公らは戦場と化した市街地で、一歩間違えば死に直結する危険極まりない任務を日々こなします。実際、爆弾処理班の死亡率は、普通の兵士よりも5倍も高いとか。普通、人間は死や危険を避けるものなのですが、彼らが日常行っているのはそれとは真逆の任務です。これでは神経がおかしくなって当然でしょう。


主人公であるジェームズは、一見すると冷静沈着に爆弾処理に向かうヒーローとして描かれているように見えます。悪党どもが待ち構える西部の町の通りを進むように、ジェームズもまた電話帳程も分厚い防護服を着て、砂塵舞うイラクの通りを進む。マルコ・ベルトラミとバック・サンダースの音楽が西部劇調なのは意図的なものでしょう。このような演出から、本作を単純な米兵礼賛映画と決め付けるのは尚早です。主人公たちの描写から冷静に見れば、傷を負った者たちの映画だと分かります。


凄腕爆弾処理兵のジェームズは、活躍するものの行動は無茶そのもの。防護服を暑いからといって脱ぎ、邪魔だからと無線を絶つ。彼の安全を確保すべく、現場にて機銃を構えるサンボーンとエルドリッジからすると、ジェームズの単独行動はチームを危機に陥れるだけです。一体彼が何を考えているのか、サンボーンとエルドリッジだけではなく、我々観客にも分かりません。しかし映画が進むに連れて、我々観客には、実は人間味もあるジェームズの人となりが、徐々にではありますが見えてきます。戦場でしか生きられない男。日常に戻ると優柔不断で、自分は何をしたら良いのかが分からない男。そして誰にも理解されない孤独な男だ、と。一方、新米兵士であるエルドリッジは精神的にやや不安定な兆候が現れており、軍医も彼を気に掛けています。日々極限状況に置かれると、ジェームズやエルドリッジのような両極端な反応を示すのは人間として当然なのではないか。映画はそう思わせます。冷静に真っ当に任務をこなしているかのように見えるヴェテランのサンボーンでさえ、終幕で本音を吐露します。彼とジェームズの会話場面こそが、映画のクライマクスと言えましょう。しかしキャスリン・ビグローは情感に流されず、飽くまで爆弾解体場面と同様に、顕微鏡を覗くが如く兵士たちの感情に迫っています。政治的意図や戦意高揚までも排し、16mm撮影の35mmブローアップによる荒れた映像と、繊細かつ大胆なサウンド・デザインという手法で、余計なものをそぎ落として肉薄しようとする姿勢は、ハードボイルドそのものです。


拡大と俯瞰。それが映画の基調でもあるようです。砂利の中に隠された爆弾が姿を現すときの、静寂の中で砂利が落ちる音と、爆発する腹に響く重低音。あるいは爆発するときの振動波による瓦礫の動きを捉えたハイスピード撮影映像と、市街地での爆発映像。クロースアップやロングショット、ノーマルスピードやハイスピード、静寂と大音響といった組み合わせを用い、キャスリン・ビグローは爆弾に目を凝らします。しかしマニアックな解体作業の描写に囚われず、むしろ解体作業のプロセス自体には左程興味も無いようです。むしろ作業に携わる者たちの焦燥感や緊迫感の方に興味があるようでした。


ビグローの得意なアクションとサスペンスの盛り上げは、本作においても健在です。ぎりぎりと締め上げるかのような場面の連打は、非日常的な戦場の日常を否応無しに観客に意識させます。様々な危機的状況を設定した緊張感は、滅多にお目に掛かれないもの。彼らの日常は爆弾解体だけではないのだとばかり、中盤に用意してある1kmほど離れての狙撃戦も静かな迫力があり、上出来の戦争アクション映画としても観られます。場面ごとに挿入される「ブラボー中隊、任務完了まで○○日」という字幕も、死へのカウントダウンかのように緊迫感を高めます。危機を脱した主人公チームに精神的な絆が出来たと示す半裸の殴り合い場面も、劇中殆ど唯一の女性の扱いとの落差を見ると、相変わらず男にしか興味が無いビグローらしい。監督の個性が良い意味で発揮された作品と言えましょう。


見逃せないのは、イラク市民と米兵との関係です。米兵から見ると、イラク人は皆敵に見えてしまいます。解体処理中に近寄る笑顔もしくは無表情のイラク人は、皆敵ではないのか。近寄る市民は撃つべきなのか。それとも撃るべきではないのか。テロに巻き込まれる米兵やイラク市民の姿も描かれているので、米兵の感じる恐怖が伝わる場面は幾つもありました。その一方で違和感があったのは、米兵の誤射などによって殺害される市民の描写が無い事です。アメリカ人製作者によるアメリカ兵の視点で描かれた映画なので、イラク市民側からの視点が必要だとは思いません。むしろそんな視点があったならば、偽善と言わざるを得ないでしょう。しかし米軍による市民殺害もまた、イラクでは日常茶飯事と伝えられています。この点が排除されたのは残念です。


また、この監督らしくに構成にやや難があるのも事実です。トーンが整えられていた前半に対し、後半の無残な人間爆弾のエピソード以降の話し運びが、やや危なっかしく見られます。マーク・ボールの脚本はエピソードの羅列に近いので余計に混乱が目立つものとなりました。しかしこれは、それまで冷静だったジェームズ自身の動揺と混乱とも重なり、辛うじて陥穽の淵に踏ん張っています。


俳優たちは地味ながらも存在感がありました。特に主人公役ジェレミー・レナーは得体の知れない殻と、時折見せる内面のコントラストも鮮やかです。有名な俳優はガイ・ピアースレイフ・ファインズデヴィッド・モースTVシリーズ『LOST』のエヴァンジェリン・リリーくらい。それぞれ出番が短くも重要な役であり、キャスティングも効果的でした。


安易な戦意高揚映画と、冷徹な兵士の心理映画の際どい綱渡りを、キャスリン・ビグローは渡り切りました。『ハート・ロッカー』は欠点を内包しつつも、観終えた後も脳に覆い被さり、まとわり付いて離れない傑作です。


ハート・ロッカー
The Hurt Locker

  • 2008年 / アメリカ / カラー / 131分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):PG12(戦争での爆弾テロによる暴力描写がみられるが親又は保護者の助言・指導があれば12歳未満の年少者も観覧できます。)
  • MPAA(USA):Rated R for war violence and language.
  • 劇場公開日:2010.3.6.
  • 鑑賞日時:2010.3.12.
  • 劇場:TOHOシネマズららぽーと横浜3/ドルビーデジタルでの上映。平日金曜9時15分からの回、401席の劇場は30人程度の入り。
  • 公式サイト:http://hurtlocker.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、各界著名人からのコメントなど。