Dr.パルナサスの鏡



★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

現代のロンドン。数百年前に悪魔(トム・ウェイツ)との取引きで不死となったパルナサス博士(クリストファー・プラマー)は、ボロ馬車と一座を率いて時代遅れの幻想ショウを行いながら、各地を転々としていた。博士の悩みは悪魔との取引に関すること。どうやら期限が来るらしい。しかも16歳の誕生日を迎える愛娘ヴァレンティーナ(リリー・コール)が関係しているようだ。そんなとき、ヴァレンティーナは橋の下で首を吊っていた青年(ヒース・レジャー)を救い出す。青年は記憶を無くしていたようだが、一座に加わるようになる。ヴァレンティーナに恋している一座の若者アントン(アンドリュー・ガーフィールド)は、気が気でなくなる。


かつて大好きだった監督、テリー・ギリアムの新作です。ギリアムは夢と現実との戦いを一貫して描く個性派作家。独特のスタイルを持った監督です。「大好きだった」と過去形で書いたのは、ここのところの彼の映画に興味が持てなかったからです。『バンデットQ』(1981)、『バロン』(1989)、『フィッシャー・キング』(1991)は傑作でした。代表作とされている『未来世紀ブラジル』(1985)はヴィジュアル・スタイルには圧倒されたものの、力が入り過ぎていた映画だったので、観ていて少々窮屈な思いをしました。そうそう、コメディアン兼アニメーターとして参加していたモンティ・パイソンも忘れてはなりません。映画版の『モンティ・パイソン/人生狂想曲』(1983)の冒頭部分のみギリアムが監督していますが、これはかなり強烈な短編でした。しかし『12モンキーズ』(1995)辺りから、僕の頭の中ではクエスチョン・マークが付くようになってきます。『ラスベガスをやっつけろ』(1998)は個人の麻薬中毒の幻覚を見せられているだけで、ただただ退屈でした。『ブラザーズ・グリム』(2005)は毒も笑いも薄れて凡庸でした。『ローズ・イン・タイドランド』(2005)に至っては、とうとう観る気を無くしてしまい、見逃したままになっています。


そんな彼の新作は、結論から言うと絶好調時には及ばないまでも、復調しつつあるのかな、という好感触を得て嬉しかった仕上がりです。ボロやガラクタがひしめき合う画面。唐突に入る下品なギャグ。毒のある笑い。シュールで壮大な幻想場面の数々。小人の登場。破綻したプロット。ペースの乱れる呼吸。良くも悪くもギリアムらしい映画になっています。要は好悪分かれる映画。しかし彼でしか描けない世界なのも確かです。内容は相変わらず複雑で、様々な隠喩が隠されているかのよう。読み解くのも観客次第といったところか。物語が失われた世界で物語を語ろうとするパルナサスの姿は、単にボロをまとって老人という以上に悲壮感が漂います。これはギリアムの覚悟そのものなのかも知れません。


鏡の向こうでの幻想世界が劇中に初めて登場したとき、期待していただけに感動しませんでした。ギリアムにはCGは似合わないと思っただけではなく、それが甘ったるい派手な色彩の世界だったからです。しかし幾度か幻想世界が展開されるにつれ、毒気のたっぷり入った汚らしい世界は、ギリアムにしか描けないものへと変化していきます。特に素晴らしいのが中盤。ギャングたちに追われたトニーが鏡の中の世界に逃げ込むくだりです。天空にまで伸びている、目もくらむような梯子を登っているとき、梯子の横棒が次々壊れ、竹馬となって疾駆する場面。警官の頭部の形をした巨大な石像が地面から突如出現し、舌がでろ〜んと出て来る場面。下半身裸で黒いパンストをはいたスカート姿の警官隊のダンス場面。「ママ」の胎内に戻ると…の場面。黒い毒気が爆発した笑いと破天荒な幻想が混濁し、モンティ・パイソンの切り抜きアニメの実写版といった趣となっています。そう言えば、序盤にある橋げたに吊るされたヒース・レジャーを救う場面は、『バンデットQ』クライマクス近くにある空中の檻からの脱出場面を想起させました。本柵でギリアムは自己作品の総括をしたかったのかも知れません。


ヒース・レジャーの撮影途中の死去により、鏡の中の世界のトニー役を3人のスターが引き継いで演じ分けているのも話題となっています。スター競演の楽しさは映画ならではの豪華な楽しみ。ヒース・レジャーの演技自体は彼にしては凡庸。むしろ鏡の中のトニーたちの方が、出番は短くとも演技の見せ場が作られています。ジョニー・デップが顔を見せる瞬間は、この映画の鮮烈な場面の1つ。色男役もドンピシャ。デップはやはりアイドルでした。ジュード・ロウは嬉々とした表情と同時に、本性が姿をもたげて来るのを微妙に演じています。儲け役はお久し振りのコリン・ファレル。彼が一番良かった。トニーの本質をコミカルさも合わせて自然に演じていました。これは難度の高い演技だと思います。本作はトニー役を4人のスターが演じ分けることによって、かなり印象が良くなりました。逆に言えば、ヒース・レジャーが全て演じていたら、どのようだっただろうか、という興味も尽きません。


クリスフトファー・プラマーは威厳たっぷりの役が多い彼には珍しく、汚らしくしょぼくれた老人を演じていて、これも良かった。悔いと自己憐憫に満ち、この人のナルシスズムがにじみ出る役柄に対するアプローチは、いつもながら上手い。娘役リリー・コールは、トップモデルということもあって役者として期待していなかったのですが、これが嬉しい誤算でした。16歳という役を、時に幼く、時に大人っぽく見せていて、かなり印象に残ります。欧米人にしてはあどけない顔つきと、高身長かつナイスバディというアンバランスさも役に合っていたのでしょうが、表情や仕草も豊か。演技の引き出しも意外にありそうで、今後も期待が持てそうです。悪魔役トム・ウェイツはかなり美味しい役。いかにも悪巧みを腹に隠し持っているような臭い演技なのですが、至極真面目に演じているだけに、余計に可笑しい。小人のヴァーン・トロイヤーは強烈な可笑しさ。率直な物言いの賢人かつ、悪意のない意地悪を感じさせ、かなり良かったです。『オースティン・パワーズ』の2作目、3作目は観ていないのですが、ミニ・ミー役で有名な俳優ですね。


エンドクレジット後、サラウンドを効果的に使った少々のお遊びが聞けます。最初は映画の音と思いませんでした。意味は各人の頭の中でこねくりまわして楽しみましょう。


Dr.パルナサスの鏡
The Imaginarium of Doctor Parnassus

  • 2009年 / フランス、カナダ、イギリス / カラー / 122分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):PG12
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for violent images, some sensuality, language and smoking.
  • 劇場公開日:2010.1.23.
  • 鑑賞日時:2010.1.29.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ港北ニュータウン6/ドルビーデジタルでの上映。金曜21時ちょうどからの回、186席の劇場は20人程度程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.parnassus.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、トリヴィア、壁紙、ゲームなど。