ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女



★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ストックホルムに拠点を置くジャーナリズム誌、『ミレニアム』のジャーナリスト兼発行責任者であるミカエル・ブルムクヴィスト(ミカエル・ニクヴィスト)は、大物実業家の不正疑惑を報じたものの、逆に名誉毀損裁判で禁固3年の有罪判決を受けてしまう。責任を取って同誌を離れた彼のもとに、大企業ヴァンゲル・グループの元会長ヘンリック・ヴァンゲルからの奇妙な依頼が舞い込んだ。収監される前の時間を使って、40年前に起きた姪の行方不明事件を調査してもらいたい、というのだ。場所は橋1つで本土と繋がっている島。一族会議で集まっているときに橋が交通事故で塞がれ、その間に姪がいなくなったのだという。容疑者は多数、巨大な密室での事件だ。ミカエルは、天才的リサーチャーであり凄腕ハッカーでもあるリスベット・サランデル(ノオミ・ラパス)を知り、彼女に協力を依頼。調査を始めた2人の前に、やがて忌まわしくもおぞましい真実が明らかになる。


珍しやスウェーデンの娯楽映画です(デンマーク、ドイツとの合作)。故スティーグ・ラーソンによる長大な原作を、よくぞここまでコンパクトに纏め上げた、と言って良いでしょう。2時間半に収める為に枝葉はかなりバッサリ落とし、幹のみ残しています。お陰で最初から相当にテンポ良く楽しめますが、大ナタを振るい過ぎた感もややあります。人物像や編集部の活き活きとした描写、経済犯罪、ジャーナリズム、ハッキングの手口についてといった要素が、かなり犠牲になっていました。分解して部品を拾い集めたものの、個々の接着がいささか弱い。


これはプロットを追うことに腐心して、個々の要素を結び付けている登場人物の心理描写が浅くなったからです。特に主人公であるミカエルに関連したものが、殆ど落とされているのが大きい。原作のミカエルは、正義感が強く、1つのネタに集中すると他の事が目に入らず、しかし女性関係にだらしが無いハンサムな中年男性。大学の同窓生であり編集長でもある、夫のあるエリカとは夫公認の愛人関係にありますし、調査に赴いた現地でも富豪一族の女性と関係を持ってしまいます。原作ではかなりの重要人物であるエリカですら、殆ど出番がありません。映画版でのミカエルの貞操概念は一般人並みになるのかも知れませんが、とある女性に迫られてあっさり関係を持ってしまうのは、原作の方が納得しました。上映時間の都合上、女性関連は削除されたのでしょうが、後から考えると映画の流れからして多少は残しても良かった。但しその場合、短時間でその場その場でラヴシーンがあると、ジェームズ・ボンドのように見えて失笑してしまった可能性がありますが。映画の製作者たちは、そういったリスクを避けたのでしょうか。


ミカエルを演ずるミカエル・ニクヴィストはもっさりした50歳くらいの男性で、原作ではハンサムで頭脳明晰な感じは余りありません。人の良さそうな男性、20も歳の離れたリスベットを見守る、といった風情。善性を強く感じさせるものの、鋭さや強靭さがあっても良かったです。


一方、真の主人公であるリスベット。原作の読者としては、演ずるノオミ・ラパスに最初は違和感がありました。原作では顔はピアスだらけ、全身タトゥーだらけ、ゴスメイクに横を刈上げた黒髪、黒革の服と厚底ブーツというルックスで、これらは原作通り。しかし身長150cm、24歳だけど14歳の少年に見える痩身小柄というのはちょっと違う。24歳ではなく30歳に見えたのは、ノオミ・ラパスの実年齢がそうだからか。しかし特に美人でもなく、暴力には暴力で復讐する無口なリスベットも、実は繊細な面を持ち合わせているというといったところを、ラパスはやり過ぎにならずに表現していたように思います。下手すると劇画のようになってしまうヒロインを、上手く演じていました。小柄でも存在感があり、第2部・第3部での彼女の活躍も楽しみです。


謎の核心に近付いていく展開はスリリングですし、古いネガフィルムをスキャンしてデータ補正、それを連続して見ると…という場面など、ブライアン・デ・パルマの『ミッドナイトクロス』(1981)を思い出させてわくわくさせられます。そう、ジョン・トラヴォルタが雑誌に載っていた自動車事故の連続写真をアニメーション・スタンドでコマ撮りすると、パラパラ漫画の要領で映像となり、事故が再現される…というあの名場面です。こういった描写は映画ならではの面白さでした。


ハリウッド映画と明らかに違うのは、全体に暗い映像(ハリウッド大作映画と違い、照明を安く上げている)に象徴される、ザラついた感触。女性たちが脅かされる理不尽な差別や暴力が、このシリーズのテーマでもあるからでしょう。個人的には、男女平等、高福祉国家のイメージが強かったスウェーデンの印象を覆す要素でした。しかし屈せず、他力に頼らず、あらゆる手段を用いても相手を返り討ちにするリスベット像が、また映画の基調ともなっています。彼女は警察権力を一切当てにしません。その為にアナーキズムの匂いがする映画は、独特の感触を持つのです。


難点は監督のニールス・アルデン・オプレヴがやや真面目過ぎだったこと。本格推理、サイコスリラー、猟奇殺人、ナチ、サイバー、社会問題、と内容盛りだくさんの映画で、闇鍋のように予想の付かない本作には、もっとケレンがあって馬鹿力のある監督の方が似つかわしかった。リスベットのハッキングによる調査や、事件解決後のミカエルの再起など、爽快感を前面に押し出しても良かった場面もあって気になりました。また全3部ということで、後の繋がるエピソードであっても、本作だけ観ると長過ぎるように感じられる場面もあちこちありました。逆に説明不足に感じられる箇所も目立ちます。幾らスピード感があって面白くとも、1本の映画として観た場合にはバランスが悪いように感じました。


しかしやはりこれは、リスベットの活躍を楽しむ3部作の最初として楽しむのが正しいのでしょう。強烈な印象を残すヒロインが誕生したのは、喜ばしいことです。


現在、ハリウッドではリメイクの企画が進行中だそうです。スコット・ルーディン製作&スティーヴン・ザイリアン脚色の映画はどうなるのか分かりません。スウェーデンを舞台にして英語版で作り変えるのか、アメリカを舞台にするのか。寒々しい北欧を舞台にした人間の暗黒面を描いたミステリでもあるので、内容と土地は切り離せないと思いますが。


エンドクレジット後、第2部『ミレニアム 火と戯れる女』(2009)の特報も上映されます。お見逃し無く。


ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女
Män som hatar kvinnor

  • 2009年 / スウェーデンデンマーク、ドイツ / カラー / 152分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):R15+
  • MPAA(USA):Rated R for disturbing violent content including rape, grisly images, sexual material, nudity and language.
  • 劇場公開日:2010.1.16.
  • 鑑賞日時:2010.1.16.
  • 劇場:TOHOシネマズららぽーと横浜9/ドルビーデジタルでの上映。公開初日の土曜13時30分からの回、115席の劇場は8割の入り。
  • 公式サイト:http://millennium.gaga.ne.jp/ 予告編、キャラクター&キャスト&スタッフ紹介、原作紹介、壁紙ダウンロードなど。