カールじいさんの空飛ぶ家



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

長年連れ添った愛する妻エリーと死別した老人カール・フレドリクセンは、思い出が詰まった自宅に閉じ篭もるようになっていた。だが開発の波が押し寄せ、行き違いからカールは立ち退きを余儀なくされる。だが彼は自宅に大量の風船を取り付け、かつて妻と旅行を約束した南米の地を目指す。が、飛び立った家の玄関にはラッセル少年がいた。渋々ながらも自宅に招きいれたカールだったが、2人の行く手には冒険が待っていた。


ピクサー・アニメーション初の3D映画です。本当ならばクリストファー・プラマーの朗々たる声を聞きたかったので、英語音声・日本語字幕版を観たかったのですが、上映館も上映回数も少なく、タイミングが合いませんでした。今回は日本語吹替え版の3D上映を鑑賞しました。


ピクサー/ディズニーのこの新作は、恒例となった短編作品が冒頭に付いています。『晴れ ときどき くもり』と題された台詞の無い映画がまた傑作。コウノトリが赤ん坊を運んでくる冒頭からは、予想も付かない展開になります。いちいちギャグが可笑しい。ゲラゲラ笑わせてから、ちょっとしんみりさせて、それから結末で感動させた…と思いきや、またオチでゲラゲラ笑わせるという、極上の逸品。ピクサーの短編アニメには傑作が多いのですが、これもその1本になりました。尚、音楽は『カールじいさん』と同じくマイケル・ジアッキーノの担当です。


そして始まる『カールじいさんの空飛ぶ家』。これもまた、ピクサーの新たな傑作でした。冒頭10分が秀逸なのは、誰もが認めるところでしょう。冒険家に憧れる大人しい少年と元気いっぱいな少女の出会いから、共に歩む月日、そして悲しい別れまでを、必要最低限の描写で最高に内容を豊かにして綴ります。日々に追われて約束が果たせないところなど、人生の苦さも巧みに練り込んでいました。2人の性格付けも的確。小さい子供にはまだ分からないであろう、感情を揺さぶられる素晴らしい出だしでした。本作がしんみりした感動映画だと多くの観客が思うかも知れません。


アジア系少年ラッセルとの出会いも笑わせながらも良い。カールじいさんの家がふわり飛ぶ場面は爽快感があり、同時に『モンティ・パイソン 人生狂騒曲』(1983)を思い出してしまいました。ここで2人は大嵐に遭うのですが…途中経過をはしょった大胆振りと、ここからの転調は肝っ玉が据わった作劇です。序盤はしんみりと人情ドラマ調でありながら、途中からは冒険ものになり、終盤は手に汗握る大アクション。このように悪く言えば節操の無い展開でありながら、脚本家たちは映画の流れが木に竹を接いだような印象を抱かせる失敗を恐れませんでした。バラバラな印象を抱かせることなく、展開もギャグも予想外の捻りを効かせながら、全体として1本筋が通っている作りとなっています。作者たちが本作の構成に自信を持ったのは、主要人物3人の性格や動機が明確ゆえ、観客が彼らの行動を理解して納得し、映画に付いて来られる、と踏んだからでしょう。人物たちの行動原理は、過去、未来、名誉といったものへの拘りです。それ故、悪党であっても合点が行く造形となっているのです。


カールじいさんは最初は足腰も相当に弱っていたというのに、冒険を繰り広げるに連れて徐々に元気になっていくのも自然に描かれていて、面白い。もちろん最後はハッピーエンディングを迎えるのですが、説教臭くなく、娯楽に徹しているのに、それが結果的に人生賛歌にさえなっています。また、老人とアジア系少年の交流にクリント・イーストウッドの傑作『グラン・トリノ』(2008)を思い出したのは、私だけではないでしょう。どちらの作品にも共通しているのは、「継承」は白人相手とは限らず移民にもされるということ。現代的な視点と言えます。


そして笑わせてくれる脇役たち。明らかにリーダーで、見かけもいかにも威圧的で恐ろしげな犬のに…といったくだりも笑えますが、各人の個性の彩りが楽しい。細かいところにまで神経が行き届いているのはさすがピクサー。脚本も上出来でした。


マイケル・ジアッキーノの音楽も忘れる訳にいきません。メインとなる旋律を基調に、時に情感豊かに、時にダイナミック/スリリングにアレンジして、聴かせてくれます。画面を不必要に邪魔することなく、しかし映画を支える屋台骨の1つとなっている。映画音楽として最高にエレガントでした。これは彼の最高傑作です。


ピクサー初の3D効果は奥行き重視でありながら、立体感も十分に感じられるもの。最近の3D映画は、没入感を助ける為の効果を狙っているようですね。しかし本作はその内容の豊かさゆえ、先日観た『アバター』(2009)とは逆に、2Dでも十分に楽しめる映画だと思います。


カールじいさんの空飛ぶ家
Up

  • 2009年 / アメリカ / カラー / 96分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):G
  • MPAA(USA):Rated PG for some peril and action.
  • 劇場公開日:2009.12.5.
  • 鑑賞日時:2010.1.8.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ港北ニュータウン6/3D、日本語吹替え、ドルビーデジタルでの上映。正月明け朝9時15分からの回、187席の劇場は4人の観客のみ。
  • 公式サイト:http://carl-gsan.jp/ 予告編、キャラクター紹介、スタッフ紹介、ゲーム、壁紙ダウンロードなど。