戦場でワルツを



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

イスラエルの映画監督アリ・フォルマンは、自分が19歳だった1982年に兵士として体験した、レバノン侵攻の際の記憶がすっぽり抜け落ちていることに気付く。唯一ある記憶は、照明弾が光る夜、高層ホテルが建ち並ぶベイルートの海で全裸で漂うイメージのみだった。そこで彼はイメージに登場する旧友を訪ねることを手始めに、当時の自分を探して回る。やがて彼が知った真実とは。


中東関連、特にイスラエルパレスチナの関係については、何度色々な解説を読んでも中々頭に入って来ません。歴史的に複雑だというのもありますが、感情的な対立が根底にあるので理解し難いのです。しかしこの映画は、事前に歴史の知識もあった方が良いものの、個人の感情と普遍的なテーマを扱っているので、かなり素直に頭と心に入って来ました。語りの手法が個性的且つ分かりやすいのもあります。イスラエルの兵士からの視点による、セミ・ドキュメンタリ。しかもこれがアニメーション映画なのです。


過去の自分探しの旅は、インタヴュー映像と過去の再現映像によるもの。もし実写ドキュメンタリだったら退屈を誘われたかも知れません。アニメーションによる映像はとても興味深く観られました。現在のフォルマンと過去の再現アニメが交錯していく様は、アニメならではのデフォルメされた映像もあって、非常に求心力が高い。何でも1コマごとに実写を正確にトレースしていくロトスコープでは無く、ヴィデオ撮影された映像を手書きで描き直し、PCにてFLASHアニメで作られたとか。日本のアニメやハリウッド大作フルCGアニメと違って繊細さには欠けるし、表情も意図的なのか豊かではありません。しかしそれがこの作品には合っています。色彩や動きが単純化且つ様式化された、どこかぎこちない、滑らかではない世界が。巨大な全裸の女性が登場する幻夢的な場面など、アニメーションならではの映像で記憶に残ります。


インタヴュー部分も、本人が出演を拒否したという2名は役者が演じていたようです。内1名のアニメは、姿自体が創作だとか。しかしこれを捏造を呼ぶのは野暮でしょう。本作はジャーナリスティックな映画ではなく、私的な旅を描いた劇映画なのだから。


原題の『バシールとワルツを』のバシールとは、就任直前に爆殺されたレバノンの親イスラエル大統領バシール・ジェマイエルのこと。映画のタイトルは、市街戦の最中、アリ・フォルマンの戦友がバシールのポスターの前でダンスをするが如く機銃掃射する場面から取られています。ここで被さるのはショパンのワルツ。緊迫感とユーモア、美しさと混乱、虚しさが伝わる場面です。


映画が進むに連れ、徐々に欠落した記憶が事実で埋まって行きます。アリ・フォルマンは無意識の内に自らの記憶を封印して来たのです。その原因は、まだ10代の若者にとっては余りに苛烈な体験だった故なのでした。そして過酷な結末が待ち受けています。あるがままの重い真実の提示だから衝撃的であり、そこに作者の怒りを感じました。


本作はイスラエル側からの視点で語られており、アラブ側の言い分は一切ありません。これは抑制の効いた製作姿勢と言えましょう。イスラエル軍として戦地に赴いた者が、アラブ側の立場に立って侵略と殺戮を描くのは、まかり間違えば単なる偽善行為に墜してしまいます。この明確な立ち位置も含めて、非常に主観的な映画であるのに、抑制と知性によって、幅広い観客に受け入れられるものとなっています。


マックス・リクターの音楽も印象に残るものでした。


これは是非、鑑賞をお薦めしたい秀作です。


戦場でワルツを
Waltz with Basir (aka: Vals Im Bashir)

  • 2008年 / イスラエル、ドイツ、フランス、アメリカ、フィンランド、スイス、ベルギー、オーストラリア / カラー / 90分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):PG12
  • MPAA(USA):Rated R for some disturbing images of atrocities, strong violence, brief nudity and a scene of graphic sexual content.
  • 劇場公開日:2009.11.28.
  • 鑑賞日時:2009.12.4.
  • 劇場:シネスイッチ銀座1/ドルビーデジタルでの上映。平日金曜日、レディース・デーで女性は一律900円。朝10時15分からの回、273席の劇場は7割程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.waltz-wo.jp/ 予告編、ギャラリー、クリップ集、スタッフ&登場人物紹介など。