イングロリアス・バスターズ



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ナチス・ドイツ占領下のフランス。ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)に家族全員を殺害された若きユダヤ人ショシャナ(メラニー・ロラン)は、ナチスへの復讐を誓う。一方、アルド・レイン大尉(ブラッド・ピット)に率いられるユダヤ人で結成されたアメリカ軍部隊バスターズは、殺害したドイツ兵の頭皮を剥ぐという残虐行為で、ナチスから恐れられていた。あれからパリに逃れたショシャナは映画館主として暮らしていた。ドイツ軍の若き英雄ゾラー(ダニエル・ブリューリュ)に言い寄られる彼女だが、ゾラーの進言により彼女の映画館でナチス幹部を招いてのプレミアが開催されることになる。一方、英軍のヒコックス大尉(ミヒャエル・ファスベンダー)は、極秘作戦実行の為にレイン大尉の元に送り込まれる。


アメリカではクエンティン・タランティーノ最大のヒット作になったのは、ブラッド・ピット主演の戦争アクションと見せかけて集客し、実際に観てみるとブラック・コメディで大笑い出来ると口コミで広がったからなのだ、とは勝手な想像です。映画は予想通りにタランティーノ印が満載。アクションは殆ど無く、弾丸の代わりに長台詞が飛び交い、多彩な登場人物、弛緩と同居するギリギリと引き伸ばされた緊張、それが弾けたときに起こる突発的な暴力、過去の映画音楽の流用など、この人以外に作れない世界となっています。

代表作『パルプ・フィクション』(1994)を観たときに思ったのですが、タランティーノは登場人物を好いていても、愛してはいないのでしょう。幾ら魅力的な人物であっても、観客にショックを与える為ならば容赦無く殺されます。それが全くの犬死にであっても。本作はそれが特に顕著です。勿体ぶって画面に登場し、これから活躍を期待させるような場面を用意しておきながら、即退場させてしまう。こういった扱いが散見されました。


いつも通りに長台詞場面が多いのは過去の作品同様。しかし本作では、その殆どの場面の底に緊張が流れ、研ぎ澄まされていました。単なる駄弁りになっていないのです。特に優れていたのは次の2つの場面でした。冒頭、フランス人農夫の家で家長と会話を交わすランダ大佐の場面。中盤の地下居酒屋でのドイツ将校たちのゲーム場面。どちらも多言語飛がび交います。冒頭の方はフランス語での会話から始まるのですが、ランダ大佐が「自分はフランス語が堪能でないので、英語で会話したい」と言い出し、以降は英語での会話となります。そう、ハリウッド大作戦争映画のように、ドイツ人でもフランス人でも英語を喋る、リアルでないご都合主義的なあのパターンのように。「何だ、タランティーノも意外にハリウッドナイズされているのだなぁ…」などと軽く落胆していたら、会話の内容にじわじわと緊張感が忍び寄って来ます。そして実は言語の切替自体に意味があったと分かったときの衝撃。緊張が頂点に達したときに爆発する暴力。スリラーとして一級です。


戦争映画と銘打ちながら、戦場での銃撃場面は実は劇中劇でしか描かれていないという、人を食った構成なのもタランティーノらしい。この映画では弾丸は言葉であり、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語といったそれぞれの言語なのです。ナチスドイツを襲撃する特殊部隊という設定でいながら、部隊の面々が皆如何にも軟弱そうな典型的ユダヤの若者ばかりなのも可笑しいし、映画がこちらの予想を覆してどんどん話が逸れて行くのも面白い。ここら辺、傑作『パルプ・フィクション』を思い出させます。ただ今回は構成にやや難がありました。ユダヤ女性の復讐劇とバスターズの襲撃が結局最後まで交わら無いし、劇中で一番素晴らしい場面でさえ、実は本筋にとって不必要なのです。緻密で隙の無いがっちりした構成だった『パルプ・フィクション』に比べててやや落ちるように思えるのは、それらのせいでしょう。


タランティーノらしいのは暴力場面の数々も同様。幾らナチス相手とは言え、アメリカ兵がバットで撲殺して頭皮をゾリゾリと軍用ナイフで剥ぎ取ったり、マシンガンで顔面崩壊する程弾丸を撃ち込んだりする映像は、多くの真面目な観客をドン引きさせるのに十分です。しかしこれらの描写には、観客にショックを与えてから笑わせようとする「悪意のあるいたずらっ子」、タランティーノのニヤニヤ笑いがスクリーンから透けて見えます。「面白いだろう、おかしいだろう」、と。どぎつくビョーキなブラックジョーク満載なのを笑えるかどうかで、好悪の判断も変わってきそうです。


そのジョークの最たるものが終幕のとんでもない展開。常人だったらおよそ第二次世界大戦ものでは考え付かない展開が待ち受けています。つまりはこの映画自体がある種おとぎ話であり、ジョークでもあるのです。思い出してみましょう。冒頭に「Unce upon a time in Nazi occupied in France...」と出て来ました。あれは最初から「これはおとぎ話なのですよ」というメッセージだったのです。大体にして、登場人物の殆ど全員が映画に夢中の設定です。敵も味方も男も女も、皆映画マニアばかり。そんな住人ばかりの世界は、永遠の映画少年タランティーノの脳内にしかありません。


タイトルになっているバスターズのメンバーは、田舎っぺ隊長ブラッド・ピットユダヤの熊イーライ・ロスナチス12人殺しの元ドイツ兵ティル・シュヴァイガーを除き、皆没個性的。ルックスが面白い者もいますが、結局どういう性格なのかも分からないまま、いつの間にかいなくなっている者が多い。そういった不満はあるものの、それ以外は面白い役と役者を揃えたものです。


既にあちこちで言われていますが、悪役であるユダヤ・ハンター将校ランダ大佐役のクリストフ・ヴァルツは特に素晴らしい。多言語を操る語学の才人で、同時に長弁舌の持ち主。ネチネチと真綿で首を絞めるように相手を追い込む、嫌らしく冷酷非情な男なのに、妙に人好きがして、陽気でさえある。この男の正体がバレる終幕の場面など大笑いものなのですが、実際に多言語に堪能でこの役を魅力的に演じたヴァルツを起用したのは大正解でした。一見すると、かつてタランティーノがよく起用していたティム・ロスに風貌がちょっと似ているのも面白い。


映画に文字通り華を添えている2人の女優についても触れない訳にはいきません。家族をランダ大佐に皆殺しにされ、復讐を誓う若きメラニー・ロラン。若き日のカトリーヌ・ドヌーヴを思わせる硬質な美貌と、強い意志を感じさせる無表情の中の表情。逸材を発見したものです。ドイツ映画界で活躍する人気女優にして英国諜報機関の二重スパイという役どころのダイアン・クルーガー。当初タランティーノナスターシャ・キンスキーを念頭に置いていたそうですが、結果としてクルーガーで良かったと思います。往年の女優を思わせるクラシカルな美貌と物腰。ナスキンだったならば彼女なりの魅力を湛えていたと思いますが、今となってはクルーガーがはまり役でした。


その他のキャストでは、ミヒャエル・ファスベンダーダニエル・ブリュールといった馴染みの無いキャストも光っていました。


タランティーノの選曲の冴えも変わらず。ディミトリ・ティオムキン作曲の映画『アラモ』(1960)からの名曲『遥かなるアラモ』と、『キャット・ピープル』(1982)のデヴィッド・ボウイの歌う曲が同じ映画に同居するなど、常識破りが楽しい。そう言えば後者はナスターシャ・キンスキーが主演でした。


イングロリアス・バスターズ』は緻密な大傑作ではありません。観客を選ぶ映画でもあります。それでもおもちゃ箱的な映画としての面白さ・楽しさでは、タランティーノ映画でも1・2を争う出来映えです。


イングロリアス・バスターズ
Inglourious Basterds

  • 2009年 / アメリカ、ドイツ / カラー / 153分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):R15+
  • MPAA(USA):Rated R for strong graphic violence, language and brief sexuality.
  • 劇場公開日:2009.11.20.
  • 鑑賞日時:2009.11.23.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘3/ドルビーデジタルでの上映。3連休3日目、勤労感謝の日の朝9時30分からの回、237席の劇場は30人程度の入り。
  • 公式サイト:http://i-basterds.com/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノートなど。
  • 入場料金全額返金キャンペーンサイト:http://henkin.jp/ 「面白さタランかったら、全額返金しバスターズ」という、公開初日から4日間限定のキャンペーン宣伝用サイト。