愛を読むひと



★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1958年、ベルリン。15歳の少年マイケル(デヴィッド・クロス)は、20歳年上のハンナ(ケイト・ウィンスレット)と知り合う。マイケルはハンナの肉体に心奪われ、溺れていくが、ある日忽然とハンナは彼の前から姿を消してしまう。8年後。法学生となったマイケルは、意外な場所でハンナを目撃する。


世界的ベストセラーとなったベルンハルト・シュリンクの原作『朗読者』は未読ですが、その映画版はかなり脚色されているのではないでしょうか。弁護士となったマイケル(レイフ・ファインズ)が少年時代を回想し、やがて終盤では現代における彼の行動を描く構成となっている本作は、頻繁な時制の切替えがあり、非常に映画的です。全体にデヴィッド・ヘアの脚本とスティーヴン・ダルドリーの演出は、人物の心情説明を最低限に抑え、多くを観客の解釈に委ねています。この映画の場合、それが長所にも短所にもなっていました。


映画の前半は15歳の少年を主人公とした青春もの。少年が文字通り発情して性にのめり込む様子が、「年上の女性とのひと夏の性春」としてきっちり描写されており、同時に微笑ましい。初体験の場面がいささか安手のポルノ映画のような気もしますが、少年にも観客にもインパクトを与えるならば、あれくらいでも良いのでしょう。奇麗事のオブラートに包むことなく露骨に描いているからこそ、2人の肉体的な濃密な関係と、少年の片思いであろう心の結び付きが浮き彫りになっています。「僕を愛してる?」と湯船で尋ねられたときのハンナの表情が印象的です。ハンナは少年に自らの肉体を与える代わりに、朗読をせがみます。彼女が少年に求めていたのは何だったのでしょうか。


ハンナとの衝撃的な再会後は、苦難に満ちた愛の残り火を描いた鬱屈した青春ものへと変貌します。このドラマも中々手強く、マイケルの苦悩と葛藤を描き出そうとしていますが、ここが弱点となってるように思えました。


映画はマイケルとハンナという2人の登場人物の行動を描きながら、前述したようにその心理には深く踏み込みません。ですから観客は、彼らの心の動きを役者の演技などを元に想像するしかない。少年マイケルが心奪われたハンナが謎めいているのは、彼女の言動に矛盾があるからです。教会で流した涙の理由と、彼女の後の発言は全く相容れないもの。終幕での彼女の行動も特に理由は説明されていませんが、それらは全く問題無いのです。矛盾と謎を抱えているからこそ、感情移入するしないに関係無く、興味をそそる点において、ハンナは魅力的な登場人物になっているのですから。


しかし物語の語り部たるマイケルの心理が今ひとつはっきりしないのは、この映画の持つ大きな弱点となっています。彼がハンナの為に義務を果たさなかったのは、結局のところ彼女を許せなかったからなのではないか。彼が過去の歴史を肌で実感すべく、とある場所を訪れる様子が描かれますが、その前後から判断するに、マイケルはそこで得たものによってハンナを許せなくなったのでしょう。過去に愛した女性だからこそ、心が引き裂かれ、涙を流した。しかしその決意を抱かせた怒りを、明確に描写すべきでした。


映画は幾つもの主題を扱っています。その1つに、「人が人を裁くこと」が挙げられます。映画の中盤で、ハンナが「あなたならどうしますか?」と尋ねる場面があります。それに何1つ反論出来ない権力者が描かれたことにより、非常に印象的な場面となっています。後世に裁く者=俯瞰者としてだけではなく、時に歴史とは当事者意識を持って語るべきものでもある、と解釈しました。


成長したマイケルの贖罪と運命の無慈悲を描きつつ、希望を抱かせる幕切れを用意しています。「昔、ハンナという女性がいてね…」と初めて娘に心を開いて語りかけるマイケルの姿により、歴史とは個人の内に秘めるたるものではなく、語られ、伝えられるべきものでもある、との主題も描かれます。このラストは原作には無いようですが、美しい場面となっていました。


俳優ではやはりケイト・ウィンスレットが目を引きます。美しさと醜さ、矛盾と謎を秘めた、文字通りの「運命の女」を演じ切っています。レイフ・ファインズは過去に囚われた内向的な人物を演じていて、得意なタイプの役ではあるものの、やはり上手い。少年時代を演じたデヴィッド・クロス(ドイツ人なので本当はダーヴィッド・クロスだろうけど)も、無垢から葛藤を抱くに至る成長を演じていて良かった。彼を導く父性的な教授役ブルーノ・ガンツも印象に残りました。


愛を読むひと
The Reader

  • 2008年 / アメリカ、ドイツ / カラー / 124分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):PG-12
  • MPAA(USA):Rated R for some scenes of sexuality and nudity.
  • 劇場公開日:2009.6.19.
  • 鑑賞日時:2009.6.23.
  • 劇場:ワーナー・マイカル・シネマズ港北ニュータウン4/ドルビーデジタルでの上映。火曜20時50分からのレイトショウ、196席の劇場は3人のみ。
  • 公式サイト:http://www.aiyomu.com/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノートなど。全体に書籍を模したデザインになっている。