ミルク


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1972年。金融業会で働くハーヴィー・ミルク(ショーン・ペン)は、40歳の誕生日にナンパした青年スコット(ジェームズ・フランコ)と共にサンフランシスコに行く。2人はカストロ通りでカメラ屋を始め、やがて店は同性愛者やヒッピーたちの集まる場所となった。1973年、ミルクは同性愛者に対する世間の弾圧に反発し、同性愛者だけではなく、有色人種など全てのマイノリティの権利と平等を求め、市の市政行政委員(日本の市議会委員のようなもの)に立候補する。彼の戦いは始まった。


カミングアウトしたゲイとしてアメリカで初めて当選し、任期中に暗殺された政治家ハーヴィー・ミルクについては、名前ぐらいは知っていました。1988年に日本でも公開された長編ドキュメンタリ『ハーヴェイ・ミルク』(1984)も、未見ながら知っていました。しかし何となく知っているのと、映画で観て感じるのとでは、当たり前ですが印象が全く違います。そしてこれは、観て良かったと思える映画でした。


監督ガス・ヴァン・サントの演出は、一部映像に意匠を凝らしていても正攻法にミルクを描きます。ミルクと彼の恋人たちとの関係や、ミルクの視点によるゲイを取り巻く世界などを、真摯でありながら堅苦しくない口調で語ります。声高に叫ぶのではなく、冷静に伝える。その語り口。そのテンポ。起伏に富んで飽きさせることなく、素晴らしい。演出は正攻法ですが、ダスティン・ランス・ブラックの脚本は入り組んだ構成となっています。ミルクが市長と共に射殺されたと報じるニュースで映画は幕を開け、自分が暗殺された場合に聞いてもらいたいと、ミルクが自らの過去をテープレコーダーに語り出します。映画はミルクがサンフランシスコに来てからの活動を描く合間に、レコーダーに語り掛ける場面が挟み込まれる構成となっています。つまりミルクが自分自身を振り返ることになっており、それが映画に冷静さをもたらしています。


冷静な視点を失わずとも、描かれる内容自体は熱いもの。政治に対しても恋愛に対しても一生懸命な、ユーモアを忘れない男の像を描き出しています。彼が対峙するのは不寛容。ここで描かれる理不尽な不寛容は、同性愛も人種も性別も年齢に対してもです。人々が少数派を、もしくは自己と違う他者を受け入れられる心を持とう、と映画は主張しています。安易に敵対勢力を作り出し、無用に煽り立てるこの時代だからこそ、心に響くメッセージ。そして忘れてならないのは、つい先日のカリフォルニア州における同姓婚禁止が可決されたように、戦いは現在も続いているのです。1970年代を舞台にしながら、現代に作られる意義のある映画に間違いありません。


ミルクを演ずるペンは素晴らしい。本作と同じくアカデミー賞主演男優賞を受賞した『ミスティック・リバー』(2003)同様に、演技らしい演技、分かり易い演技ではあるのですが、大熱演。観る者を離さない求心力があります。彼の演技そのものが見ものとなっており、映画を見終えた後に一番印象に残るのはミルク=ペンとなっています。政治に傾倒していくミルクから離れてしまう恋人役ジェームズ・フランコも、年代によって微妙に年齢を感じさせる繊細な演技。情緒不安定な恋人役ディエゴ・ルナも、賢明さが伝わって来ます。自らを取り巻く政治状況から、やがて精神的に追い詰められてしまう同僚市政委員役ジョシュ・ブローリンも、好演していました。


技術に裏打ちされた力強い演出。明確な意思が感じられる技巧に満ちた脚本。男優達の種々様々な見応えのある演技。それらが含まれた『ミルク』は傑作です。お見逃しなきよう。


ミルク
Milk

  • 2008年 / アメリカ / カラー / 128分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):PG-12
  • MPAA(USA):Rated R for language, some sexual content and brief violence.
  • 劇場公開日:2009.4.18.
  • 鑑賞日:2009.5.8./ワーナーマイカル・シネマズ港北ニュータウン8 ドルビーデジタルでの上映。金曜日12時45分からの回、99席の劇場は10人程の入り。
  • 公式サイト:http://milk-movie.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、ABOUT HARVEY MILKなど。SPECIALのblogへのリンク「『ミルク』でつながるみんなの輪!」が面白い。