バーン・アフター・リーディング


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

アル中で職を辞したCIA分析官(ジョン・マルコヴィッチ)は、自伝執筆を始めた。その妻(ティルダ・スウィントン)は財務省役人(ジョージ・クルーニー)との不倫に本気になっており、離婚を有利に進める為に夫のPCを内密にバックアップする。ところが自伝データのCD-ROMをフィットネスセンターで入手したトレーナーの2人、筋肉バカ(ブラッド・ピット)と整形手術に取り付かれた女(フランシス・マクドーマンド)は、ディスクの内容を機密情報だと勘違いし、元分析官をゆすって整形手術代を捻出しようとする。そんな2人を心配するマジメな上司(リチャード・ジェンキンス)だったが。財務省役人は整形手術女と出会い系サイトで知り合い、付き合い出す。やがてCIA本部にも、錯綜した情報が届き始めた。事の顛末や如何に。


コーエン兄弟の前作『ノーカントリー』(2007)と打って変わってのコメディは、幾多もの登場人物が入り乱れての騒動を描いています。そこに常連作曲家カーター・バーウェルの大仰な音楽が掛かり、馬鹿馬鹿しさもより強調されています。力の抜き加減から察するに、シリアスなアクション・スリラーを作った後の軽い気分転換でしょう。主要登場人物は多くても狭い狭い、閉じた世界での物語。悪い方向に転がっていく悪意に満ちた展開と、人間を上から目線で眺める冷ややかな脚本と演出。この兄弟ならではの人工的・作為的な世界を楽しめるかどうかに鑑賞のポイントがあるのは、いつもながらのことです。


こんな世界にアテ書き(特定の俳優が演じるように想定された脚本のこと)で放り込まれた役者陣も、自分のしょうも無い役柄を喜んだのか、悲しんだのか、怒ったのか。ともあれ、それぞれの役者は個性を出して適役で、だからこその居心地の悪さを観客に強要します。偏狭でエリート意識に固まっているイヤな奴、引退後はでくの坊で文才のかけらも無いジョン・マルコヴィッチ。いつもピリピリギスギスしているティルダ・スウィントン。全身下半身のロクでなしジョージ・クルーニー。人は良さそうでも、どう好意的に見てもバカなブラッド・ピット。妄執という呼び名が相応しい、独善的で自己中心的なフランシス・マクドーマンド。劇中でクルーニーが自作するトンでも無い工作も、コーエン兄の夫人でもあるマクドーマンドにこんな性格をあてがうのも、意地悪そのもの。だから可笑しい。リチャード・ジェンキンスには一番真っ当な常識人役をあてがいながら、悲惨な目に遭わすのもヒドい話しです。しかしこれらの役を役者たちが違和感無く演じるのは、演技力が高い証拠でもあします。特にフランシス・マクドーマンドに怒りや苛立ちを覚えない観客は、仏の心を持っているに違いありません。


とまぁ、技術的には高度な作品には違いないし、90分とタイトな上映時間なのですが、じゃぁ誰にでもお薦め出来るかと言うとさにあらず。その理由は前述のような底意地の悪さに加え、話が入り組んでいるのに意外にもテンポが悪いから。話自体も、もっとはじけていても良かった。プロットがスターたちの怪演に格負けしています。世界に名だたるCIAがまるで状況を把握していなかったりで、ブラックユーモア炸裂なのはコーエン兄弟らしいし、暴力描写が結構凄惨でギョッとさせられたり、アホなエンドクレジットの歌とか、面白い部分は幾つもあります。しかし、それらが全体の可笑しさ・面白さに繋がっていません。最後に一番得をしたのはアノ人かとか、結局はよく分からないけれども官僚主義にて全て結果オーライとか(CIA幹部役J・K・シモンズのうんざりした表情が可笑しい)、皮肉っぽく描く意図は伝わるのですが。


つまるところ、短い上映時間をそれなりに楽しみ、コーエン兄弟の気晴らしに付き合ったら全て忘れよという、タイトル通りに「読後焼却すべし」ならぬ「鑑賞後忘却すべし」映画なのです。


バーン・アフター・リーディング
Burn After Reading

  • 2008年 / アメリカ、イギリス、フランス / カラー / 96分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):PG-12
  • MPAA(USA):Rated R for pervasive language, some sexual content and violence.
  • 劇場公開日:2009.4.24.
  • 鑑賞日時:2009.5.8.
  • 劇場:ワーナーマイカル・シネマズ港北ニュータウン9 ドルビーデジタルでの上映。金曜日朝9時30分からの回、99席の劇場は10人程の入り。
  • 公式サイト:http://burn.gyao.jp/ 予告編、人物相関図、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノートなど。