スラムドッグ$ミリオネア


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

インドで絶大な人気を誇る番組「クイズ$ミリオネア」で勝ち進んだ青年ジャマール(デヴ・パテル)。だがいきなり警察に逮捕されてしまう。スラム育ちで学の無い孤児として育った彼に、番組を勝ち進むだけの知識がある筈が無い。イカサマだというのだ。警察からの執拗な尋問や拷問にも屈せず、ジャマールは否認し、自らの過去を語りだす。全ては運命なのだ、と。


映画が始まっていきなりの驚きは、劇中の台詞の多くがヒンズー語ではなく英語であることです。イギリス映画なのだから、英語の台詞も当然なのでしょうけれども。ヒンズー語部分は英語字幕が出るのですが、その出し方がカッコ良い。喋る人物近くに、テプラーのような英語字幕が表示されるのです。これは今までに観たことの無い手法でした。カッコ良いのは映像や編集も同様。MTVタッチの映像をぱぱぱっと繋ぎ、全体にテンポ良く物語って行きます。この手腕は見事。作品世界に引き込まれます。


映画で何よりも圧倒されるのは、劇中で描かれるパワーです。貧しくて悲惨な日常と、子供にとって余りに過酷な日々を描いているにも関わらず、希望を失わず、へこたれず、突き進む。善悪の手段は問わずに生き抜こう、という意思が凄いのです。その一方、描かれている少年ギャングや子供を使った犯罪など、凄惨そのもの。児童虐待や搾取なども容赦無く描かれています。インド本国では外国人に痛いところを描かれたと、良くも悪くも評価が分かれたそうですが、それだけ現実に即しているということなのでしょう。その意味でインドの素顔の一部が描けているし、観る価値があると思います。少年犯罪を扱っている点で、ブラジルのスラム街を舞台にした傑作『シティ・オブ・ゴッド』(2002)を思い出しました。また、何とか真っ当な道を進む主人公と、ギャングスタの道まっしぐらの兄の対比も興味深い。


面白いのは、主人公たるジャマールは、演ずるデヴ・パテルの痩せて一見すると頼りなげな風貌なこと。草食動物を思わせるパテルによって、映画自体がギラギラこってりしつこい味わいではなく、あっさりしているようにさえ思わせるのです。一方のジャマールの兄貴は、役柄も役者たち(年代によって違う子役・俳優が演じています)も、パワフルそのもの。物語はパワフルでエネルギッシュなのに、映画の口どけが良いのは、キャスティングによる点も大きいです。


映画は現在のジャマールと、彼が語る過去が交互に描かれており、兄との愛憎入り混じった関係や、ジャマールの運命の少女ラティカへの想いなどが綴られています。そもそもスラム育ちの主人公が、何で『クイズ$ミリオネア』の最後まで勝ち進んだか、という観客を引っ張る物語からして面白い。そこに彼が幼馴染みのラティカに抱く純愛を絡ませます。街の顔役の愛人となっている彼女を、何とか救い出せないか。この想いも単純で分かりやすい。


かなり詰め込まれている内容の映画なのに、過去と現在を交錯させて観客を混乱させない監督ダニー・ボイルの話術が光ります。しかも上映時間は2時間。凡庸な映画ならば、それこそ2時間半から3時間を掛けて描く話でしょう。それをここまでハイスピードで疾走するのですから、飽きる暇もありません。また、ワイド画面の横長構図を使い切った映像設計も見事。ラフなようでいて、実は構図がいちいち決まっていて、気持ち良いです。


しかしこれがアカデミー賞作品賞、つまり年間ナンバー1の作品だ、と思って期待すると当てが外れる人も多いかも知れません。アカデミー賞はハリウッド業界人のお祭りだと割り切り、単純にこの映画を楽しみましょう。面白さとパワーに圧倒され、内容もハラハラドキドキ、最後はミュージカルまであってサーヴィス精神満点なのに、後には余り残らない。これもスピードに伴う軽さゆえ。それでもここに描かれているパワーは捨てがたい。ホラ話を真面目に語り、胡散臭さを感じさせない技巧も交わり、上質の娯楽映画に仕上がっています。


エンドクレジットまでインドテイスト爆発でお洒落という、徹頭徹尾スタイリッシュな作品。最後はハッピーな気分になれますが、この映画の子役たちが住むスラムが撤去され、彼らは家も食事も無くなったという悲惨なニュースが飛び込んだ今日、暗澹たる思いになりました。


スラムドッグ$ミリオネア
Slumdog Millionaire

  • 2008年 / イギリス / カラー / 120分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated R for some violence, disturbing images and language.
  • 劇場公開日:2009.4.18.
  • 鑑賞日時:2009.5.1.
  • 劇場:TOHOシネマズ 横浜ららぽーと1 ドルビーデジタルでの上映。映画の日の金曜日13時35分からの回、309席の劇場は8割程の入り。
  • 公式サイト:http://slumdog.gyao.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、Aboutクイズ$ミリオネア、Aboutダニー・ボイルなど。