デュプリシティ 〜スパイは、スパイに嘘をつく〜


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

元MI6諜報員だったレイ(クライヴ・オーウェン)は、新興の総合化粧品企業エイクロムの産業スパイ・チームに雇われる。エイクロムのCEOガーシック(ポール・ジアマッティ)は、ライヴァル企業B&RのCEOタリー(トム・ウィルキンソン)が画期的な新製品を発表するとの衝撃的情報を入手し、発表前にB&Rから情報を盗み出すよう、チームにハッパを掛けていたのだ。ところがレイが接触したB&Rの情報受け渡し人は、元CIA諜報員のクレア(ジュリア・ロバーツ)だった。レイはかつてクレアに一杯食わされ、未だに根に持っていたのだ。しかし、実はクレアはB&Rに潜り込んでいたスパイだった。


映画界ではジェームズ・ボンドジェイソン・ボーン等、スパイ達が画面狭しと活躍しています。スパイ映画は数あれど、産業スパイを描いた映画は珍しい。脚本と監督はトニー・ギルロイジェイソン・ボーン3部作の脚本家でもあります。同シリーズのリサーチ中に、元スパイたちが今は民間組織で働いていると知り、この世界に興味を持ったとか。劇中に登場する産業スパイのあくどい手段は、かなり現実に即してたものだそうですし、色々と興味が沸く題材です。


このところやけに顔を見るクライヴ・オーウェンは、僕の贔屓スターでもあります。そう言えば、彼もピアース・ブロスナン降板後のボンド役候補の1人でした。この人、顔も演技も濃いし、むさ苦しい役も多い。臭いチーズのようで段々とくせになるのですが、今回は無精ヒゲはシャットアウト、きちんとアイロンの掛ったスーツを着こなしています。上背があって細く、手足が長いので、見栄えがします。それでも「根に持っている」というのが、如何にも彼らしくてちょっと可笑しい。この人、清廉潔白な役よりも、どこか欠点を抱える人間臭い役の方が似合っています。女たらしが得意戦法のスパイなのに、冒頭でロバーツに引っ掛かってしまう脇の甘さがご愛嬌。それでも戦力になるヴェテランとの印象を与えるギャップが面白く、確かな演技力を感じさせます。


一方、相手役のジュリア・ロバーツはさすがに貫禄があります。彼女も上背があるので、オーウェンとの見かけの相性も良い。しかしどうもこの2人には、化学反応を感じないのです。今勢いのあるオーウェンに対して、ロバーツにはスターの輝きが衰え始めているからなのか。


物語の陰の主役が、敵対するCEO同士のポール・ジアマッティトム・ウィルキンソン。この演技巧者の配置が面白い。片や生意気な登り竜、片や老獪な虎といったところ。タイトルバックにおける、雨中の空港での掴み合いスローモーション映像も可笑しかった。2人とも己の出番では持ち味を出していて、見ていて非常に面白いのです。ウィルキンソンギルロイの監督デヴュー作『フィクサー』(2007)での重要な儲け役が記憶に新しい。ジアマッティとウィルキンソンの2人は、最近TVドラマで共演していたそうですが、ジアマッティとオーウェンは『シューテム・アップ』(2007)で、オーウェンとロバーツは『クローサー』(2004)で共演していました。こういった連想は楽しめます。


とまれ劇中では、ロバーツ演ずるヒロインの方が、オーウェン演ずる元MI6より一枚上手なのは明らか。プロのヴェテラン・スパイ同士、食えない2人が主人公なので、果たして本当に騙されているのは誰なのか、という興味で終盤まで見せます。そもそもタイトルのDuplicityは「二枚舌」という意味なのですから。


ギルロイの脚本は非常に入り組んでいて、現在と過去を交互に見せて2人の正体と過去を徐々に明らかにさせる手法を取っています。主人公2人がプロのスパイなので、恋愛も本物なのかどうか、とお互いに疑心暗鬼にかられる展開も観客を引っ張ります。ラストの種明かしも皮肉で面白い。


音楽は『フィクサー』に続いてのギルロイ作品連投となったジェームズ・ニュートン・ハワード。珍しくリズミカルでノリの良いファンク系の楽曲を付けていて、後半ではギターもフィーチャー。この人、メロディラインも含めて印象の弱い曲が多いのですが、単独作曲作品では久々に好感を持ちました。『ダークナイト』(2008)は良かったけれども、あちらはハンス・ジマーとの共作でしたからね。


と、ここまで書いてきて勘の良い方は気付かれたかも知れませんが、実はこの映画、サスペンス・コメディとして作られているのです。音楽も含め、あちこちコメディらしい素材は配置されているのですが、どうにも笑いが弾みません。いや、前述した雨中のCEO取っ組み合いは確かに可笑しかった。しかし上質なコメディに必要な、テンポの良さと切れが欠けています。大胆な省略と要所の勘所を押さえた演出、つまりは緩急があってこそ、笑って楽しめる映画を作り上げる秘訣の筈。その点、ギルロイの演出は生真面目過ぎます。自分の脚本に書かれた全てを丁寧に画面に再現しようとするからなのか、脚本家出身で監督の経験の浅い人によくあるように、テンポの悪さがこの映画を弾ませません。脚本家としては他の作品も含めて相当に優秀ですが、この映画の演出は洒落っ気のある、かつ緩急を自在に操れる人に任せた方が良かったと思いました。


デュプリシティ 〜スパイは、スパイに嘘をつく〜
Duplicity

  • 2009年 / アメリカ、ドイツ / カラー / 125分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for language and some sexual content.
  • 劇場公開日:2009.5.1.
  • 鑑賞日時:2009.5.1.
  • 劇場:TOHOシネマズ 横浜ららぽーと7/ドルビーデジタルでの上映。公開初日の金曜日9時45分からの回、187席の劇場は40人程の入り。
  • 公式サイト:http://duplicity-spy-spy.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノートなど。