グラン・トリノ


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)は孤独な老人だった。妻に先立たれ、息子夫婦や孫たちとも上手くいかず、近所付き合いも殆ど無い。彼の楽しみは自宅や庭をきれいにし、長年勤め上げて引退したフォードで組み立てた名車、1972年製グラン・トリノをぴかぴかに磨き上げ、愛犬と共にコテージでビールを飲みながら、愛車を眺めることだった。やがて彼は新たな隣人のモン族一家と知り合う。かつて朝鮮戦争で殺した忌み嫌うアジア人だったにも関わらず、同じモン族の不良少年グループをウォルトが追い返したのがきっかけだった。交流を深めるコワルスキーと一家だったが、不良少年グループの存在はやがて脅威となる。


モン族の事はまるで知らなかったのですが、タイやビルマラオスに居た民族の1つとのこと。ヴェトナム戦争アメリカに協力した為、戦争終了後に難民となり、しかもアメリカに見放されたという悲劇の歴史を持っています。ここら辺は劇中ではまるで語られていませんが、このような知識を得られるのも映画の楽しみの1つです。


クリント・イーストウッドが監督も兼ねたこの映画、観ながら頬を緩める機会が数多くありました。そして過去のイーストウッド映画を観ていれば観ている程、微笑を禁じ得ない作品となっています。近年、劇中のイーストウッドが銃を構えたり、相手を殴ったりする機会はめっきり減りましたが、久々に凄む老人を演じています。キャメラに向かってパンチを繰り出し、足で踏みつけるイーストウッドを観るのは、楽しい見もの。例えば『ダーティハリー』でのスタジアムで、スコーピオを痛めつける場面。例えば『ダーティファイター』シリーズで、拳闘をする場面。ああいった場面を想起させます。


この映画を観るときに、過去のイーストウッド作品との関連付けをするな、と言う方が無理からぬこと。若造を鍛えるのは、『ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場』(1986)や『ルーキー』(1990)。軟弱な若造の前で老人の気概を見せ付けるのは、『スペース カウボーイ』(2000)。血縁関係の無い者たちと擬似家族を作り上げていくのは、『アウトロー』(1976)、『ブロンコ・ビリー』(1980)、それに『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)も入れても良いでしょう。そして自らの老いをテーマにしているのは、『許されざる者』(1992)以降の作品に顕著ですが、これはその集大成と言えます。俳優としての総決算と位置付けられるのも当然でしょう。何より、クライマクスはその『許されざる者』をどうしても思い出してしまいます。過去の作品が呼応し、観る者の脳内で反響します。だから似通っている場面や、逆にハズされる楽しみもあるのです。


そしてイーストウッドの徹底したリバタリズムも顕著です。警察などの公権力に頼ることなく、自分の手でカタを付けようとする。そこから生まれた彼の行動が、現代アメリカ批判に繋がっています。


集大成であっても、演出も演技も含めて、いつものイーストウッドに変わりありません。気負わず、焦らず、ゆっくり、着実に。簡潔で装飾的場面も無いのに、ゆったりとしたテンポなのも彼らしい。その味わいは、簡素にして芳醇。いや、簡素にして重層的と言い換えられます。コワルスキーとその周囲の人々のみの狭い世界が描かれているのに、テーマも内容も深いのです。表層的にも、老い、死、暴力との対峙、友情、戦争の傷痕等を見て取れるのは容易ですし、さらにはアメリカ人男性とは、アメリカらしさとは、その継承とは、といったテーマを読み取るのも可能です。シンプルなプロット、シンプルな演出、シンプルな演技、それに使用場面どころか音数すら極端に抑えた音楽を使い、細かいデティールを積み重ね、1つ1つの要素をおろそかにしない映画ならではの存在感が、ここには確かに存在します。その味わいはこってりしたラザニアではなく、軽くさっくりとしたミルフィーユの味わい。驚きなのが、凝った前作『チェンジリング』(2008)から数ヶ月でこの小品をさらりと撮り上げた事。僕はラザニアも好きですが、この映画の品の良さも大好きです。その品の良さは、近頃言われるようにイーストウッドが神様だからではなく、無駄なものをそぎ落として必要なものだけを収めるバランスによるものではないでしょうか。


随分と前に読んだ『キネマ旬報』の特集対談だったかで、イーストウッド作品に凡作はあっても駄作は無いと言ったのは、和田誠だったでしょうか(それとも和田と対談していた相手だったか)。確かにそうですが、それでも演出にムラが無くなったのは、ここ数年、そう『ミスティック・リバー』(2003)以降でしょう。あれも大傑作で素晴らしい、奇跡のような映画でしたが、少々力みもありました。その次に撮った『ミリオンダラー・ベイビー』は、近寄りがたい『ミスティック〜』に比べるとリラックスしつつ、観客に深い余韻を残す映画でした。本作はどちらかと言うと後者の系譜に連なります。余分な力も油も抜けた枯れた味わいであっても、娯楽映画として成立していて、これだけ笑えるイーストウッド作品も『スペース カウボーイ』以来で久々でした。そう、この映画はかなり笑える場面が多いのです。それにラストが明るくはなくとも爽やかに感じられるのは、ラストシーンに流れるイーストウッド本人が歌う歌にもあります。


イーストウッドの神様扱いに異を唱えつつ、この楽しくも美しい傑作を観終えた余韻に浸りたいと思います。


グラン・トリノ
Gran Trino

  • 2008年 / アメリカ、オーストラリア / カラー / 116分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for language throughout, and some violence.
  • 劇場公開日:2009.4.25.
  • 鑑賞日時:2009.4.28.
  • 劇場:ワーナーマイカル・シネマズ港北ニュータウン6 ドルビーデジタルでの上映。平日火曜日15時20分からの回、187席の劇場は30人程の入り。
  • 公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/grantorino/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、壁紙ダウンロード、各界著名人からのコメント等。