フロスト×ニクソン


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ウォーターゲート事件で辞任後、沈黙を守り続けていたリチャード・ニクソン元大統領(フランク・ランジェラ)は、虎視眈々と政界への復帰を狙っていた。1977年、イギリスのテレビ番組司会者デヴィッド・フロスト(マイケル・シーン)は、正統派ジャーナリストへの転身を狙うべく、辞任後初のニクソンへのテレビインタヴューを申し込む。汚名返上を狙うニクソンと、何とか言質を取ろうとするフロストとの、一騎撃ちが始まる。


これは格闘技映画、もしくは西部劇映画の変種と言えます。ここで描かれるインタヴューは対決そのもの。お互いに確固たる目的を抱く者同士が、自分の技を繰り出し、相手を組み伏せようとする。その闘い、決闘を描いています。相手は組みやすしと引き受けるニクソン。元気の無い老人だろうと、やわな相手と想像するフロスト。いざインタヴューが始まると、ニクソンは水を得た魚のようにしゃべり、且つタフでした。ニクソンを演ずるフランク・ランジェラの緩急自在な名人芸は、フロストのみならず観客をも圧倒します。予想以上に手強い敵の姿を見て唖然とするフロストの姿が笑いを誘いますが、フロストを演ずるマイケル・シーンの受けの演技も上手い。2年ものロングランを重ねた原作舞台劇と同じ主演2人の呼吸が合っている様を眺めるにつけ、上質の殺陣を観るのと同じ感覚を覚えました。


丁々発止と切り結ぶ2人の役者の演技が何よりも見ものなのですが、特にフランク・ランジェラ。頭脳明晰でありながら何かに取り付かれている孤独な老人は、迫力ある大物でありながらも悲哀を感じさせ、強烈な印象を残します。彼の演技を観るだけでも十分にお釣りが来ること請け合いです。フロスト役マイケル・シーンは、軽薄な小物感を漂わせつつも、焦燥感や強靭さを表現しています。ランジェラとの組み合わせも吉。大ヴェテランのランジェラが格上なだけに、シーンの何とか食らい付こうとする必死さが、映画に切迫感を与えています。


面白いのはそれぞれに陣営があり、セコンドならぬ助け舟をタイミング良く出して来るところ。これが益々格闘技を思わせます。特にフロスト陣営はフロスト以外の4人も個性的によく描かれており、非常に面白い。番組プロデューサーであり、陣営のまとめ役を演じるマシュー・マクファディンニクソン攻撃に執念を燃やす作家役サム・ロックウェルとジャーナリスト役オリヴァー・プラット。ロックウェルが初めて現物のニクソンと会う場面が忘れられません。加えてフロストのガールフレンド役レベッカ・ホールは、知性と優しさ、優雅さを兼ね備えています。彼女が登場する場面は、緊迫した映画の中でくつろげる数少ないものとなっています。一方のニクソン陣営は腹心役ケヴィン・ベーコンが出色。揺ぎ無き忠誠心と、敵を叩きのめそうとする狡猾さを見事に表現していました。


脚本は傑作『クィーン』(2006)を書いたピーター・モーガン。あちら同様に有名人物の内面に切り込んでいて、スリリングです。本作は元々舞台劇だそうですが、映画版はその面影が一切無い、映画らしい映画に仕上がっています。脚本は人物の陰影を立体的に浮かび上がらせながら、緊迫感のある娯楽映画の礎となっています。これは素晴らしい脚本です。


ロン・ハワードの演出はユーモアも交えつつスリリング。インタヴュー場面に入るときの緊張感と高揚。終幕における人物の抱く落胆。特に個性的なスタイルを持つ訳ではなく、題材に合わせてスタイルを選択するハワードの演出は、今回は好調です。これは彼の代表作となるでしょう。それでも重みに欠けるのもハワードらしい。劇中の台詞にあるように、スポットライトを浴びられるのは、どちらか片方だけ。その重みがもっと欲しかったところです。


端的に表される映像の持つ力は、文字だけとは比較にならないほどのインパクトを持っています。それは全てが単純化される危険性もあります。結果的にフロストは映像メディアを使って勝利を収め、ニクソンケネディとの討論番組同様に、またも映像メディアに負けました。今度は瞬時にして。これも皮肉なものです。映画はメディアもしくはジャーナリズムに希望を持たせていますが、大本営からの情報を鵜呑みに伝えるだけの日本の大手メディアの現状を眺めるにつけ、欧米との差を感じてしまいました。


フロスト×ニクソン
Frost/Nixon

  • 2008年 / アメリカ、イギリス、フランス / カラー / 122分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated R for some language.
  • 劇場公開日:2009.3.28.
  • 鑑賞日:2009.4.3./TOHOシネマズ 横浜ららぽーと10 ドルビーデジタルでの上映。公開1日目の平日金曜日15時45分からの回、105席の劇場は30人程の入り。
  • 公式サイト:http://www.frost-nixon.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、デヴィッド・フロスト及びピーター・モーガンへのインタヴュー、各界著名人からのコメントなど。