ワールド・オブ・ライズ


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

CIA工作員ロジャー・フェリス(レオナルド・ディカプリオ)は、テロリスト幹部のアル・サリムをイラクで追跡していた。フェリスをアメリカ本土から指揮するのは、CIA中東局のエド・ホフマン(ラッセル・クロウ)。ホフマンはアル・サリムを捕らえるために、フェリスをヨルダン統合情報庁(GID)のボス、ハニ・サラーム(マーク・ストロング)と組ませる。ハニから情報をもらいつつも、秘密裏にCIA独自の作戦を遂行しようというのだ。その作戦とは、存在しない架空のテロ・グループとテロ事件をでっちあげ、アル・サリム側が接触してくるよう誘導する、というものだった。自分に信頼を置いているハニを裏切ることに良心の呵責を憶えつつ、実行に移すフェリスだったが。


イラクでの対テロ戦争という如何にも現代風な題材を扱っていても、基本的に娯楽映画なのもハリウッドらしい。監督のリドリー・スコットはイギリス人ですが、ソマリアでの米軍作戦失敗を描いた『ブラックホーク・ダウン』(2001)でも、米軍を無批判に描いていました。本作にも深いテーマを求めるのではなく、やはりこれは娯楽映画と捉えるのが正しいでしょう。


フェリスは相棒の現地人エージェントを失ったり、悲惨な現実を目の当たりにしたりして、精神的に疲弊しています。一方のホフマンは、ワシントンD.C.から携帯電話で指示を送り、自らの手は汚さずに冷酷非情な采配をふるっています。この対比だけではなく、現代テロ戦においては情報こそが価値があると強調されているのが、興味をそそられます。


最新鋭の技術を投じるアメリカのやり方に対し、中東のGIDでは人と人との接触が重視されています。テロ組織においても同様。指令は人づてに口頭で送られたり、ヴィデオやCDなどの物が直接手渡されたりします。映画はCIA内、CIAと中東といったように、幾つもの対比がされています。こういった状況を手際良く映画的に語る手法や、冒頭からの緊張感みなぎる画面と早い展開も含めて、スコットの演出はさすがに手馴れたもの。アクションとサスペンスの畳み掛けが素晴らしい。非情な物語展開とも相まって、フェリスの疲弊がこちらに伝わって来るようにもなっています。


脱アイドルとして必死なディカプリオらしく、今回も葛藤を抱えている役柄です。娯楽アクション大作の主演を背負って立ってはいますが、近年のディカプリオの演技はパターン化されたように思えて、個人的にはどうも見ていてそんなに面白くありません。やはりアクション・ドラマで主演した『ブラッド・ダイアモンド』(2006)と重なるのもマイナスです。それでも現地で惚れた女性の手前での表情などに可愛げは残っていて、結局はアイドルとしての見どころと感じてしまいました。


クロウは体重を増やして憎まれ役を買って出ていますが、印象度はやや薄い。いや、アラブ文化に敬意を払わず、下品で、自分こそがアメリカで、自分こそが正義だという、ブッシュ政権アメリカを体現していて悪くはないのです。子供の前でも常に電話で指示を出し、肝心な場面を見逃してしまう役柄は、分かり易い象徴ではあります。


実は劇中で一番印象に残った登場人物は、マーク・ストロング演じるヨルダンの情報局局長ハニ。常にきっちりした英国スーツで、ネクタイやカフリンクスなどのコーディネイトも完璧。恩に報いる性格でも、頭脳明晰且つ敵に回すと非情。終盤で彼が場をさらうところに、映画のテーマも込められていると考えるのが自然でしょう。この人物像が際立っているのと、ストロング自身の好演もあって、先の2人の印象も薄れてしまいました。しかし完璧なスーツ姿というのは完全に西洋化している訳ですから、欧米人の見たある種理想的なアラブ人像とも受け取れます。加えてイタリア/オーストリアのハーフである、つまりはアラブとは無関係のストロングがアラブを演じているのは、日本人の僕から見ていて演技に違和感は無いものの、それで良いのかという気もします。政治的メッセージは無い娯楽映画に過ぎないのだとしても、現代に作る大作としては製作態度が無神経ではないでしょうか。幾つもの興味深いテーマや、批評がされているように見えても、それらが製作動機の単なる言い訳にすら見えてしまいます。


映画は息もつかせぬ展開でとても面白いのですが、それもフェリスの恋模様が描かれる後半になると緩み出します。終盤に色恋沙汰がサスペンスをもたらす展開になったところで、残念ながら空中分解を起こしてしまいました。主人公の恋模様に西欧と中東の架け橋という理想が込められているし、本当は誰が騙されたかといったテーマは面白いのだから、もっと違う展開を用意しても良かったのではないでしょうか。途中までは徹底したリアリズム主導で物語られていだけに惜しい。


そしてリドリー・スコットは、元々クライマクスが直線的に盛り上げられない傾向にある監督です。脚本のせいとは言え、本作もしかり。『ワールド・オブ・ライズ』は興味深い題材を扱っており、楽しめるアクション・スリラーではありますが、残念ながら深みはありません。


ワールド・オブ・ライズ
Body of Lies

  • 2008年 / アメリカ / カラー / 128分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12
  • MPAA(USA):Rated R for strong violence including some torture, and for language throughout.
  • 劇場公開日:2008.12.20.
  • 鑑賞日:2009.1.6./TOHOシネマズ 六本木ヒルズ5
  • ドルビーデジタルでの上映。平日火曜日12時50分からの回、265席の劇場は十数人の入り。
  • 公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/bodyoflies/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、壁紙ダウンロード、フォトギャラリーなど。