ダイアナの選択


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

田舎町に暮らす高校生ダイアナ(エヴァン・レイチェル・ウッド)は、先の見えない人生に対して苛立ちを覚え、常に反抗的な態度を取っていた。麻薬売人の恋人が居る彼女だったが、同じくシングル・マザーの家庭ということもあって、毎週教会に通うまじめな同級生のモーリーン(エヴァ・カムリ)と親友同士となる。だがある日、2人は高校のトイレで同級生が起こしたマシンガン乱射事件に巻き込まれてしまう。銃口を突きつけられた2人は、「どちらを殺すか?」と迫られる。15年後。生き残ったダイアナ(ユマ・サーマン)は、夫と娘の居る幸せな生活を送るものの、良心の呵責に苛まれていた。やがて町に事件追悼式典の時期が訪れる。


デヴュー作である前作『砂と霧の家』(2003)で、家の所有権を巡ってのアメリカ人女性と移民一家の争いと、その精神的なダメージを緊張感たっぷりに描いたヴァディム・パールマン。監督第2作目は、「取り返しの付かない行為」を描いている点において、一見すると共通しているように見えます。しかしこちらは最後の最後に救いが用意されているのが大きな違いでした。


タイトル・デザインは花をモチーフにした凝ったもの。美しい映像は本編の冒頭へとなだらかに繋がります。ここだけが浮き上がることなく、所々に挿入される微かに幻夢的な匂いのある本編の映像とも調和が取れており、映画全体が様式化されていました。パールマンの新境地です。


高校時代の場面は2人の友情物語といった趣き。喧嘩別れや和解などの小さな事件は起きますが、基本的には平凡な日常が描かれています。現代の場面も、言うことを聞かない娘や、美術教師としての授業、夫との関係などが描かれていますが、こちらも平凡な日常を描いている点で高校時代の場面と基調を同じくしています。どちらもやや凡庸ですらあります。


しかし高校時代と15年後を並行して描く映画は、時折割り込むトイレでの事件の繰り返しによって、観客の心を掻き乱します。極度に緊張感を強いる銃撃事件の描写。日常が陥る陥穽。これが映画全体に微妙な緊張感を与えています。映画が進むに連れてトイレでの出来事の全貌が見えてくるようになっており、ミステリ小説的な興味をそそられます。実際にはあの場で何が起きたのだろうか、と。


このように極めて映画的な手法を用いていても、肌合いは文学小説を読むときに感じるものと似ています。人物の内面を語るモノローグを用いていないのにも関わらずです。これは少しずつ前に進み、徐々に全貌が明らかになる構成によるもの。ページを1枚ずつめくって行くあの感覚。この奇妙な触感は捨てがたいものがあります。


終幕に進むに従って張り詰めていく映画は、ラストにおいて事件の真相が明らかになったときに、それまでの凡庸さが吹き飛びます。観ていて混乱しましたが、理解した瞬間に衝撃を受けました。これが単なる驚かしではなく、浮かび上がるテーマを描く必然となっています。人は誰でも間違いを犯すもの。でも間違いに気付き、直す勇気があれば、正せるのだ、と。ここに至って失われた若い命を嘆くと同時に、その命=魂に対してだけではなく、観客の心をも救ってくれます。同時に観客にも考察を求めます。人生とは。時間とは。ミステリアスな一般小説を読んでいるつもりでいると、哲学的な命題を突き付けられる。実は至る所に伏線が張られていて、挑戦的。こうしてみると、この作風もパールマンの前作同様。これが監督の個性なのでしょう。深く静かな余韻を残しますが、見掛けほどには大人しい映画ではありませんでした。


高校時代のヒロイン役をエヴァン・レイチェル・ウッドが、その成人後をユマ・サーマンが演じています。高身長にブロンド、ブルーアイズの美人という共通点こそあれど、風貌はさして似ていない。映画では同じ役を年代によって違う役者が演じるのは珍しくないし、また似ていないのも同様。しかしこの映画では似ていなくても問題がありませんでした。2人の女優は誠実にダイアナという役に取り組み、心の痛みや鬱屈感を演じていたと思います。親友モーリーン役のエヴァ・アムリも感じが良かったのですが、スーザン・サランドンの娘だったとは。目元が母親にそっくりでした。


ダイアナの選択
The Life Before Her Eyes

  • 2007年 / アメリカ / カラー / 90分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12
  • MPAA(USA):Rated R for violent and disturbing content, language and brief drug use.
  • 劇場公開日:2009.3.14.
  • 鑑賞日:2009.3.14./シネスイッチ銀座1 ドルビーデジタルでの上映。悪天候だった公開初日土曜日10時25分からの回、273席の劇場は2割程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.cinemacafe.net/official/diana-sentaku/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、パールマンからのメッセージ動画など。