007/慰めの報酬


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

Mr.ホワイトを拉致したボンド(ダニエル・クレイグ)ら英国諜報機関MI6だったが、身内に裏切り者がいた為にホワイトを取り逃がしてしまう。MI6内部に、ホワイトが属する組織のメンバーが入り込んでいたのだ。復讐を内に秘めて痕跡を追う内に、ボンドはカミーユオルガ・キュリレンコ)と出会う。彼女もまた、復讐心を秘めていた。やがてボンドは、環境保護団体の幹部ドミニク・グリーン(マチュー・アマルリック)と、グリーンの背後にいる謎の組織クォンタムの存在に辿り着く。


あちこちで触れ回られている通り、前作『カジノ・ロワイヤル』(2006)のラスト後から始まります。映画は前作のおさらいなどまるで無く、のっけからもの凄いカーチェイスで幕を開け、その後の追撃アクションと、最初の20分はアクションの畳み掛けで迫力満点。これがアクション映画初監督のマーク・フォースターの力の入れようも分かるというものです。


マーク・フォースターは秀作『チョコレート』(2001)や『ネバーランド』(2004)を監督し、昨年は『主人公は僕だった』(2006)と『君のためなら千回でも』(2007)と2本の作品が立て続けに公開されました。個人的には真面目な人間ドラマ映画の監督、という印象です。果たして彼にアクション映画が撮れるのか、と思った人も少なくない筈。ですからのっけからの大アクションつるべ打ちは、予想外と言えましょう。


面白いのは、冒頭から本作の技法の基調が露骨に分かることです。その基調とは、カットバック。例えば、追う者と追われる者を交互に切り替えて同時に描くなど、カットバックは上手く使うと緊張や迫力を効果的に高められる編集技法であり、アクションやスリラー映画では常套手段でもあります。本作では、前述のカーチェイスが始まるまでの映像もそれに当たるし、中盤のオーストリアでのオペラ劇場のアクション、それにクライマクスと、要所でのアクション場面で使われています。


アクション初挑戦のフォースターはアクション映画を勉強したのでしょう。この手法を随所に盛り込みました。そこにフォースターの生真面目さ=勤勉さが出ているように思えました。過去のボンド映画には余り無いスタイルですし、また、本作ではアーティスティックな技巧としても使われています。その結果、フォースターらしいミニ・シアター向けのアートフィルムの香りさえ漂っています。また、オープニング・タイトル・デザインや、1970年代のアクション/スリラーを意識したと思しき描写など、1970年代風の味付けもあります。ボンド映画に新風を吹き込むという点で、この監督の起用は当たりました。但しこの生真面目振りが、映画の足をやや引っ張ってもいます。


ボンドの吐く幾つかの台詞以外は殆どユーモアの無い、ハードボイルドなボンド映画は悪くない。いや、むしろ前作に連なるこの路線、今後もハードボイルドなハードアクション映画として行くという声明は支持したい。それでも本作では、余計なものをそぎ落とそうと腐心して、映画全体に力が入り過ぎ、映画としての「遊び」(余裕とも言う)が感じられません。ほぼ全てのショットは短く繋がれ、タイト。これが上映時間106分という歴代ボンド映画の中で最も短い作品となった理由です。


遊びの余裕が無いのは、まるで復讐に燃える劇中のボンドそのもの。上司のM(ジュディ・デンチ)には任務優先を装いながら、内では復讐の鬼と化した殺人マシーンのボンドを描くゆえ、こういったスタイルを取ったであろうことは想像出来ます。それでも映画としてのゆとり、緩急がもう少し欲しかった。全体に急急急という展開になったので、終盤の盛り上がりに欠けています。クライマクスが弱くなったのは、冒頭の大アクションと、中盤の空中戦に匹敵するアクションを用意出来なかったのも、理由としては大きい。クライマクスは、必ずしも大スケールで一番派手にする必要はありませんが、ボンドとカミーユの復讐の決着のつけ方も兼ねた、感情的な盛り上がりのあるものにすべきでした。


ダニエル・クレイグは身体もよく動くし、歴代ボンドの中でひと際ハードボイルド。内に秘める激しい感情を押し殺した感じも良く出ています。こういった演技は前任者ピーアス・ブロスナンでは到底無理でしょう。これはクレイグを生かしたボンド像でもあるのです。


オルガ・キュリレンコは美しく、演技も頑張っていましたが、復讐に燃える女としてはやや線が細かったように思えます。これは役柄として、ボンドに比べて描き込みが浅かったためです。


悪役のマチュー・アマルリックは、憎憎しいビジネスマンといった風情なのは良いのですが、クライマクスではちょっと小物に見えました。現代のボンド映画の悪役は、特定の国でもなく、特定の思想団体でもなく、自己の利益にのみ走る組織とし、また環境保護団体を隠れ蓑にした悪の組織が狙うのが、世界的に不足しているとある資源という、これら脚本の着眼点が面白い。CIAやMI6など、諜報機関も損得重視でドライに行動する様が描かれていて、悪の描き方同様に現代的なものを感じました。


さらに面白いのが、ボンドらMI6諜報員たちの裏設定への目配せです。とある局員との別れの場面で、彼の名前について交わされる台詞。これにより、実はジェイムズ・ボンドもあくまでもコードネームであって、本名ではないのではないか。ボンド役者が交代する度に、劇中でもボンドという名前だけ引き継いだ別人という設定なのではないか、と匂わせます。さり気ない描写ではありますが、ちょっと楽しませてくれます。


前作に連なる物語は、とりあえず完結はしたように見えます。が、実際にはまだのさばっている悪党もいます。このシリーズ、僕の予想では全貌を現しつつある謎の組織クォンタムを敵役として行くのではないでしょうか。


新兵器が何一つ登場しなくとも、己の肉体と頭脳で敵を追い求める野生のボンドを主人公としたこのシリーズ、ひとまずこの路線は成功しつつあるようです。


007/慰めの報酬
Quantum of Solace