ダークナイト


★film rating: A+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

若き大富豪ブルース・ウェインクリスチャン・ベイル)は、昼間はウェイン・コーポレイション会長兼プレイボーイとして振舞っていたが、夜になると最新鋭の兵器で武装したバットマンとなり、ゴッサム・シティの犯罪者どもを恐怖に突き落としていた。そのゴッサム・シティに究極の悪がやって来る。ジョーカー(ヒース・レジャー)と名乗る男は、口元が裂け、ピエロのようなメイクで素顔を隠し、大都会の人々を恐怖と混乱に叩き落そうとする。バットマンに理解を示す正義感溢れるハーヴィ・デント検事(アーロン・エッカート)は、バットマンや、腐敗した警察の中でも正義を貫こうとするジム・ゴードン警部補(ゲイリー・オールドマン)らと共に、ジョーカーを捕らえようとする。やがてジョーカーの恐るべき計画が始まった。


鑑賞後、いつまでも心に絡み付く映画があるとしましょう。それは「余韻を引く」などという言葉が生易しく感じるくらいに、色々な意味で尾を引く映画です。心と頭にまとわり付いて離れない映画。強烈な印象を残し、観客の思考回路にパンチを食らわすような映画。先行上映で観て来た『ダークナイト』は、正にそのような映画でした。


クリストファー・ノーランよる前作『バットマン ビギンズ』(2005)は、個人的には『スパイダーマン2』(2004)と並ぶアメコミ映画の傑作だと思っていたのですが、本作はあの2作を遥かに凌駕します。複雑なプロットと心理を扱った『ビギンズ』以上に、こちらは込み入った心理と倫理、予想も出来ない展開を見せながら、漆黒の闇を突き進み、衝撃的なラストを迎えます。バットマンの別称をタイトルにした映画を観ている2時間半もの間、固唾を呑んで画面に引きずり込まれました。


悪党ジョーカーは、こちらの神経をキリキリ締め上げて悲鳴を上げさせ、他人を不幸に落とし、殺し、世を無秩序常態にし、それを自らの喜びや糧とする男。純粋悪そのものです。バットマン・シリーズで御馴染みの悪党は、本作では犯罪者になった動機やルックスの由来も含めて、全くの正体不明な怪人として描かれています。ティム・バートン版『バットマン』(1989)でジャック・ニコルソンが陽気に怪演していたジョーカーは、動機付けなどが説明されていた理のあった狂気の持ち主でした。こちらは理屈が通じず、心理面での打撃を与えられない、厄介で不気味な狂気の男となっています。演ずるヒース・レジャーは低い地声と素顔を封印し、耳障りで不快な甲高い声と丸めた背中、気色悪いメイクアップで、強烈な印象を残します。


彼と対峙するのが、劇中でThe White Knightと称されるゴッサム・シティの検事ハーヴィー・デント、朴訥としながらも現実的な対処を行おうとする警官ゴードン、それにバットマンを加えた3者です。今回から新登場となったデントは、一部市民から自警団として攻撃されているバットマンの理解者でもあり、理想と正義に燃えている男です。根っからの正義感デントに助力を申し出るブルース・ウェインが、影の騎士バットマンから白い騎士デントにゴッサムの守護者を引き継がせたいと思うのは当然でしょう。肉体的・精神的に疲弊していたバットマンも、とうとう引退のときか。デント役アーロン・エッカートも、ブルース・ウェインクリスチャン・ベイルも、的確な好演を見せてくれます。


観客に安らぎをもたらす数少ない瞬間を作り出すのは、前作同様、朴訥とした警官ゴードン役のゲイリー・オールドマンでもあります。今回は活躍や見せ場も多く、こちらも印象に残ります。善は善でも、皆三様で描き分けも明快です。また、ウェインの忠実なる執事アルフレッド役マイケル・ケインも、ウェインに秘密兵器を提供するウェイン・コーポレイション社長役モーガン・フリーマンも、オールドマンと並んで懐の深い存在感を感じさせます。ヴェテランの名優達の脇役振りも見ものの1つとなっています。


クリストファー・ノーランの演出は、相変わらず接近戦アクション描写で馬脚を表しますが、それ以外は殆ど文句の付けようがありません。自信に満ちた骨太なタッチで入り組んだ筋書きをぐいぐいと押し進めます。恐らくは内容も大幅に削ぎ落とされたのでしょう。内容の密度が余りに濃いので、2時間半の上映時間でもテンポが相当に早く、説明不足に感じる箇所もあるくらいです。


クリストファーとジョナサンのノーラン兄弟による脚本は、善と悪を描きながらもその境界線が曖昧であると説き、ヒーローとは、善とは、悪とは、といったテーマを描き切りました。ある者は悪の側に堕ち、ある者はかろうじて踏み止まる。この映画が画期的なのは、アメコミ・ヒーローの衣を借りた迫力満点の大型犯罪サスペンス・アクションに仕立て上げ、しかもドラマ面では登場人物の心理面からアプローチしていることでしょう。シリアス路線を進めた本作は、途中で「そうだ、これはバットマンの映画だったんだ」と自分に言い聞かせてしまった瞬間もあるくらい、ケレンや荒唐無稽さを程よく残しながらも、リアリズム主義で描かれています。よって夢や爽快感を求める向きには全く向いていない映画ともなっています。ただちょっと残念なのは、リアリズムを突き詰めた結果、舞台となるゴッサム・シティが現実のシカゴと変わらない、普通の大都会になってしまったこと。寓話とは言え、前作のような少々の夢(悪夢)も都市造形に残してもらいたかったものです。


バットマンブルース・ウェインに救済が訪れそうな瞬間もありますが、それも儚い一時のこと。混乱と恐怖に叩き込まれたゴッサム・シティを救うべく、四方八方手を尽くし、しまいには倫理的に「正義」の一線を越えそうにながらも、最後に彼が選んだ己の道は衝撃的で、険しく、哀しい。このラストには鳥肌が立ちました。


これは是非、劇場の大画面でご覧になってもらいたいくらいの大傑作なのです。


ダークナイト
The Dark Knight

  • 2008年 / アメリカ / カラー / 152分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for intense sequences of violence and some menace.
  • 劇場公開日:2008.8.9.
  • 鑑賞日:2008.8.3./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘7 ドルビーデジタルでの上映。先行上映の日曜朝9時30分からのシネコンは、170席の劇場で4割程度の入り。
  • 公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/thedarkknight/ スタッフ&キャスト来日記者会見模様、作品紹介、予告編、オリジナル・ポスター各種ダウンロードなど。