崖の上のポニョ


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

5歳の少年・宗介(声:土井洋輝)は、ジャムの瓶に入り込んで動けなくなった魚(声:奈良柚莉愛)を助け、ポニョと名付ける。宗介はポニョを連れ帰って可愛がり、ポニョも宗介を好きになるが、ポニョは人間をやめて海の住人となった父フジマキ(声:所ジョージ)によって、海に連れ戻されてしまう。人間になりたい!と言い出したポニョは、妹たちの力を借りて父の魔法を盗み出し、再び宗介に会うべく人間の世界を目指すが。


諸手を挙げて「傑作だ!」と言う気にはなれませんが、久々に肩の力を抜いて単純に楽しめる宮崎駿作品です。但し、作風は近年の宮崎アニメそのもの。全てを説明する訳でもない、観客にとっては不親切ともとれる語り口や、活劇調になりそうな場面も敢えてそうはしないなど、単純に楽しみ切れない部分もあります。


活劇調を避けている点に関しては、劇中に2度登場する車の走行場面が挙げられます。序盤における岸壁沿いの道路を車で走る場面。あるいは中盤に用意されている、観客の多くが素晴らしいと感じるであろう、波が車を追い駆ける場面。どちらも文字通り絵が走り出し、アニメならではの高揚感のある場面です。ですが、敢えて観客サーヴィスすら拒否しているようにさえ見えます。ここは従来だったらもっと盛り上げたであろう場面ではなかったでしょうか。こういったタッチに、テーマを伝えることを最重要視し、アクション場面はその邪魔をしない程度のものにする、という作家の意思が表れているようにさえ感じられました。


この映画のテーマとは、相反するとも取れる2つがあるように思えました。1つは約束を守ること。もう1つのテーマは、やりたいことをやり通すこと。


前者に関して言えば、5歳の少年は劇中で「ポニョを守るからね」と繰り返し言います。純粋な彼がポニョを守り通せるのかどうか、「どうせ守るんだろ」という斜に構えた観客にとっても微妙なスリルを提供します。約束を守り通そうとする彼に、最後には人類の未来や希望さえ託しているようにさえ見える。宮崎駿は人類に失望・絶望しつつも、そこを突き抜けて楽観性すら得てしまったのではないでしょうか。


後者に関しては、魚だった少女は少年に恋し、人間になるんだ!とばかりに大騒動を巻き起こし、ついには地球規模の天変地異にすらなりかねない災害まで引き起こしてしまう。かなりわがまま、きかんぼうの少女ですが、映画はそのわがままや、引き起こした変異にすら温かな眼で見つめています。災害の結果でさえ、現実の世界で実際に起きたら未曾有の死者が出ただろうけれども、劇中では皆助かってのんびりしたもの。異世界と化した日常も、楽しさに溢れているのですから。


その災害の影響として、劇中には海底下に沈んだ街並みの描写があります。宮崎アニメでの海中に没した都市と言えば、名作テレビシリーズ『未来少年コナン』(1978)です。少女を守ろうとする少年が主人公という点でも、あちらとこちらで共通点がありますが、少女が元気一杯で強く逞しくなった点が、現代版らしい。過去の宮崎作品との映画的記憶も楽しめます。


加えて、宮崎作品と言えば環境破壊への批判がおなじみです。毎度ながらこの題材を映画に盛り込む強固な意志は見上げたもの。この首尾一貫した主張を、ここまで繰り返し繰り返しされると、この頑固じじいの話しに、つい耳を傾けてしまいます。序盤におけるゴミだらけの海底の描写など、物語とは直接関係は無いものなのに、しっかりと印象に残ったりします。


今回の何よりも強い意志の表れは、アニメーションとは動く絵だという、至極当たり前のことを今更ながら正々堂々とやっていることでしょう。手描きの線が醸し出す柔らかさは、近年のフルCGIアニメ全盛時代において貴重なものです。作家の持つ奇想天外な発想力、想像力を、映像化する際の縁の下の力持ちとして支えています。この点は見逃せないでしょう。


語り部としての宮崎駿は、終盤に掛けての盛り上がりを意図的に放棄しているように見え、最後もあっさりと終わらせてしまいます。もはや観客サーヴィスよりも「こういうのも良いじゃないか」という開き直り具合が洒脱。エンドクレジットですら、今までお目に掛かったことの無い趣向となっていて面白い。ここまで役に立たないエンドクレジットはかえって痛快ですらあります。しかし全体的にこのような作りは、往年のパワフルな作品を知る者にとって、面白いと思うのか、枯れて詰まらなくなったと思うようになるか、意見が分かれそうです。僕自身は面白く、楽しめました。


主人公の声を演じた少年少女たちは健闘していましたが、所ジョージの活舌悪く感情の起伏も無い大根振りには辟易してしまい、鑑賞の妨げとなるノイズにしか聞こえませんでした。起用は完全に失敗です。


崖の上のポニョ
Ponyo on the Cliff by the Sea

  • 2008年 / 日本 / カラー / 101分 / 画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):(未公開)
  • 劇場公開日:2008.7.19.
  • 鑑賞日:2008.7.19./ワーナーマイカルシネマズ港北1 ドルビーデジタルでの上映。15時35分からのシネコンは、一番大きい539席の劇場にも関わらず6割程度の入り。子連れ多し。
  • 公式サイト:http://www.ghibli.jp/ponyo/ 作品紹介、プロダクション・ノート、各種素材ダウンロードなど。