告発のとき


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

元軍人警官ハンク(トミー・リー・ジョーンズ)の元に、陸軍から連絡が入る。イラクから無事に帰国した兵士であるハンクの息子が行方不明だ、と。息子はいつの間に帰国していたのか。仲の良かった親子だった筈なのに、連絡1つよこさないとはおかしい。しかも息子は軍隊を愛していたのだから、脱走をする筈も無い。ハンクは妻(スーザン・サランドン)を家に残して息子の行方を追う。


今尚続いているイラク戦争を題材にした、ミステリ/スリラー仕立てのドラマです。2004年に『PLAYBOY』誌に掲載された取材記事を元に脚本を手掛け、監督したのは、ポール・ハギス。『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)や『父親たちの星条旗』(2006)といったクリント・イーストウッド監督作品を書き、『007/カジノ・ロワイヤル』(2006)や『007/慰めの報酬』(2008)のリライトを手掛ける一方、初監督作品の『クラッシュ』(2004)がアカデミー賞作品賞を受賞した、今や売れっ子の才人です。本作でも、構成が入り組み、伏線が幾つも張られていても、最後はパズルのピースがはまるが如く綺麗にまとまるのが彼らしい。


主人公は軍に忠誠を誓い、規律を重んじて生きて来ました。軍人は共に戦った仲間を決して裏切らないと信じ、アメリカの民主主義や正義、国旗を信じ、古き良きアメリカそのものを信じています。常に整理整頓、女性の前では言葉遣いも丁寧、女性に下着姿を見せるなどもってのほか。安モーテルでもベッドを整え、スラックスを机の角にこすり付けてラインを付けます。ストリップバーでのトップレス姿の女主人には「マダム」と呼びかけ、女刑事の前ではまだ生乾きのシャツを無理して着ます。欠点はあるものの、ハンク自身が古き良きアメリカ人として描かれています。細やかな描写によって、ハンクという興味深い人間が浮かび上がって来ます。


演ずるトミー・リー・ジョーンズは素晴らしい。実直で飾り気が無い、昔気質の男。ジョーンズはかつて『逃亡者』(1993)や何本かの悪役などで見せてくれた得意の攻撃的演技だけでなく、近年では『ノーカントリー』(2007)などで受けの演技も見せてくれ、演技者としての幅が広くなって来ています。本作では前半は攻撃的な演技を見せてくれますが、徐々に事態が飲み込めて来るに連れ、苦い事実も受け止めざるを得ない心情を、抑えた演技で見せてくれました。円熟味のある演技は大ヴェテランならではです。


事件は急展開を受け、地元警察も捜査を行うことになります。担当となった刑事エミリーは、職場のセクハラに負けず、シングルマザーとして幼い息子を育てながら、孤軍奮闘の日々を送っています。同僚や上司とぶつかり、軍警察とぶつかりながら、様々なストレスを抱えながらも正しきことを行おうとする刑事役を、シャーリーズ・セロンは好演しています。化粧っ気無しのすっぴんに近く、やつれた顔。最初は美人の筈のセロンに見えなかったくらいなのですが、エミリーがどんな人物か分かって来るに連れ、凛とした美しさを出して来るのが素晴らしい。


映画は捜査ものに則った娯楽ミステリ仕立てなので、間口は広く取っ付き易い映画なのですが、投げ掛けるテーマは非常に重い。


この映画の原題名は『エラの谷で』。ハンクがエミリーの家で夕食をご馳走になり、その後に彼女の幼い息子デイヴィッドに寝物語として話して聞かせる場面があります。少年に読んでとせがまれるものの、ページをめくって「内容が理解出来ない」と投げ出すのが、C・S・ルイスの『ナルニア国物語ライオンと魔女』。筋金入りの軍人で現実主義のハンクらしくて可笑しい。少年に自分の名前の由来を知ってるか、とハンクは尋ねます。デイヴィッドはダビデ王から取られたんだ、と。ハンクが語る物語は、王になる前の少年ダビデと巨人ゴリアテの物語。幼い少年が勇気を持ち、正々堂々と1対1の闘いで巨人を倒した場所が「エラの谷」なのです。


しかし現代の戦争において、若い兵士たちは姿の見えない敵と戦っています。敵はどこにいるのか。実は目の前の一般市民に紛れているのか。常に恐怖と緊張の只中に放り込まれています。現代のエラの谷では、身体だけではなく、取り返しの付かない傷を心に負う者が多いのです。


現代の戦争の実態も知らず、自分が信じていた国と軍に裏切られ、息子の心の悲鳴が聞こえていた筈なのに聞こえなかった。クライマクスにおけるトミー・リー・ジョーンズの様々な思いが入り混じった表情が印象的です。


ハギスの脚本は中盤はやや散漫なところが目立ちます。ハンクと地元警察の捜査が並行して描かれていますが、絡みがもう少し欲しいし、地元警察対軍警察の対立は余りメイン及びサブ・プロットに絡んで来ません。また、演出にはスリラーらしい切れも欲しいところです。それに内容からして、もっと痛さや苦さが残るものであっても良かった。このように幾つか欠点はあるものの、戦争の知られざる実態を静かな怒りを込めて描いた、観る価値のあるスリラーになっています。


告発のとき
In the Valley of Elah

  • 2007年 / アメリカ / カラー / 121分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated R for violent and disturbing content, language and some sexuality/nudity.
  • 劇場公開日:2008.6.28.
  • 鑑賞日:2008.6.28./TOHOシネマズ ららぽーと横浜7 ドルビーデジタルでの上映。公開初日の土曜19時30分からの回、187席の劇場は十数人の入りとは寂しい。
  • 公式サイト:http://www.kokuhatsu.jp 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、ヴェネチア映画祭でのポール・ハギスシャーリーズ・セロンへのインタヴューなど。