ミスト


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

豪雨に襲われたメイン州西部の町。映画ポスター画家デイヴィッド・ドレイトン(トーマス・ジェーン)は、幼い息子と共に町に買出しに出掛ける。しかし町は原因不明の霧に覆われ、親子は大勢の人々と共にスーパーマーケットに閉じ込められてしまう。やがて霧の中からは不気味な咆哮が聞こえ、何かが蠢く気配がし始める。閉じ込められたドレイトン親子や町の人々の運命は。彼らは脱出出来るのか。


マッキントッシュ最初期のゲームにもなっている、スティーヴン・キングの傑作中篇小説『霧』が、ようやく映画化されました。閉じ込められた人々が危機や困難を乗り越えようとする単純な物語ですから、映画化にうってつけの題材です。脚本と監督は、『ショーシャンクの空に』(1994)と『グリーンマイル』(1999)で、キングの長編小説を映画化した経験のあるフランク・ダラボン。ダラボンにはキング原作の短編映画『老婆の部屋』(1983)もありますので、4作目のキング作品となります。キング慣れしている脚本家兼監督の作品ですから、『霧』の決定版『ミスト』には期待も高まろうというものです。


結論から申し上げると、良く出来た映画版です。ホラー映画というだけでなく、1本の映画として良く出来ています。


まずは、序盤における脇役に至るまでの手際良い人物描写が光ります。この手のパニックものは人物紹介で手間取ることが多いのですが、ダラボンは台詞のみに頼ることなく、ちょっとした工夫を随所に凝らし、人物の描き分けや人間関係を紹介していきます。例えば海兵隊員とスーパーのレジ打ち女性との関係とか、目線だけで分からせてしまう。だらだらしていないのは結構なこと。よって謎の霧による怪異発生までのテンポが良い。しかも観客が何らかの感情を持つに値する人間味を、ちゃんと登場人物らに与えています。こういった人間をきちんと、しかも簡潔に描く映画のなんと少ないことよ。これを職人芸と言わず何と言いましょうか。さぁて、人物紹介が済んだら、後は作り手は心ゆくまでホラー映画としての仕掛け作りに注力すれば良いのです。


れっきとしたホラーである本作は、間違い無く9.11.以降の映画でもあります。


霧の中から血まみれの男性が逃げ出して来たり、宗教と恐怖でもって人々を争いに引きずり込んだり、悪人を結局は銃による暴力で殺害したり。兵隊でさえ、戦地に送り込んで見えざる敵に殺させてしまう。これらは9.11.以降のアメリカの象徴でしょう。現代に作られる意義のある映画です。


そんなマジメな描写やテーマに興味は無いって?ご安心を。本作は化け物が大挙登場するモンスター映画でもあり、描写に手抜きはありません。大体にしてH・P・ラヴクラフト的な世界に、ショッピング・モールに立て篭もる『ゾンビ』(1978)の如き設定を用意した物語なのですから、ホラー・マインドたっぷりなのは当然です。幾つもの奇怪な怪物どもが登場して怪獣大好き男子の心を満たしてくれ、襲い来るそいつらとの戦いを手に汗握って楽しみましょう。しかし全体に作りが真面目で上品過ぎる嫌いもあり、もっとB級ホラー映画ならではの怪気炎を上げてもらいたかった。この手の映画には馬鹿力のある演出の方が、より楽しめる筈。その点で少々物足りなさを感じました。


映画版は原作のラストの「先」までを描いています。賛否両論あるラストは確かに強烈でした。上映後の観客席がざわめいていたことからも、その衝撃度が伺えます。


このラストでは映画版の強いメッセージが明確に打ち出されているように思えました。「何よりも恐ろしいのは人間である」と。劇中、人々を煽動して恐ろしいことをするのも人間だし(よって性善説を持っていた教師アマンダの希望は打ち砕かれてしまいます)、観客が応援していたはずの人物でさえ、終幕にて決定的に取り返しの付かない判断を下し、実行してしまう。


原作のラストでは「希望」というフレーズが有名ですが、映画版は「希望」なのか「絶望」なのか、観客によって大きく意見が分かれることでしょう。僕自身は原作同様に、「希望」という言葉を使いたいと思いました。但し、原作では「まだ未来はあるかも知れない」という意味での希望だったのに対し、映画版は「希望を捨ててはいけない」という戒めの意味で。人生には最悪のときもある。苦しいときもある。でも、だから、諦めずに生きて行くべきだ、と。


「この子と約束した 必ず守ると」などという宣伝文句が付けられ、日本では感動路線として売られているこの映画。しかしその正体は中々硬派な、そしてちゃんとしたホラー映画なのです。


ミスト
The Mist

  • 2007年 / アメリカ / カラー / 126分 / 画面比1.85:1
  • 映倫(日本):R-15
  • MPAA(USA):Rated R for violence, terror and gore, and language.
  • 劇場公開日:2008.5.10.
  • 鑑賞日:2008.5.10./TOHOシネマズ ららぽーと横浜7 ドルビーデジタル上映での上映。公開初日の土曜18時15分からの回、187席の劇場は4割程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.mistmovie.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、フランク・ダラボンへのインタヴュー動画など。