ヘアスプレー


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1962年のボルティモア。黒人差別がまかり通っている時代。トレイシー(ニッキー・ブロンスキー)は歌と踊りが大好きな太目の高校生。ダンス番組『コーニー・コリンズ・ショウ』と、番組に出演している同級生リック(ザック・エフロン)に夢中だった。関係者の目に留まり、夢が叶って番組に出演することになったニッキーは、居残りクラス組で歌もダンスも上手な黒人少年シーウィード(イライジャ・ケリー)らとも知り合う。だが番組は白人のみが出場が出来、シーウィードら黒人は月に1度の「ニグロ・デイ」にしか出演出来ないのだ。しかもニグロ・デイはプロデューサーのヴェルマ(ミシェル・ファイファー)によって廃止されてしまう。ニッキーは立ち上がった。


「変態監督」「お下劣映画の王」ことジョン・ウォーターズによる1988年オリジナル版も、ミュージカル化した2002年のブロードウェイ版も見ていませんが(オリジナルは非ミュージカルのコメディで、ブロードウェイ・ミュージカル化を経てリメイクされるのは『プロデューサーズ』と同じ経緯ですね)、このリメイク版は掛け値なしに楽しい。そう、「近所の露出狂のおじさんも♪」などという歌と共に、下半身丸出しで女性達を驚かせる役で顔を見せるウォーターズが登場する冒頭から、カラフルなデザインのエンドクレジットまで、歌と踊りがぎっしり詰め込まれていて、とにかくご機嫌になれます。「悪いヤツは成敗され、その他の善意溢れる人々は皆ハッピー、これから先の未来もハッピーさ」などと、ここまで明るくハッピーなエンディングのミュージカル映画は、近年では珍しい。ここには『ムーラン・ルージュ』(2001)や『オペラ座の怪人』(2004)の悲劇も、『シカゴ』(2002)の毒も、『ドリームガールズ』(2006)の栄光と凋落もありません。最初から涙や毒気を求める向きはお門違いなのです。


『ヘアスプレー』にあるのは、皆で歌って踊って主張して、誤った社会の流れも直せるさ、いや直そうよ、というひたすら前向きなエネルギー。映画全体を貫く明るさ、陽気さが、歓喜を伴って弾けています。だから最後の大団円もひたすら盛り上がる。自分の生きる道は正しい、と肯定する喜びが爆発しています。ヒロインのお母さん役ジョン・トラヴォルタだって、激しく身体を震わせて歌って踊ります。


映画の舞台となっている1960年代初頭は、これから公民権運動が盛り上がろうとする時代。現在も余波があるように、ボルティモアは人種差別が激しい町でした。だから差別と戦う意思を表明したヒロインやその親友らの行動は、今後激しい矢面に立たされる筈だし、エンドタイトルで「ここまで来てしまったけど、戻れない」と歌われるのです。現実社会における差別意識の厳しさが描けていないという批判はごもっともですが、差別に対して立ち向かおうよという前向きなメッセージが映画を明るくしているのも事実です。


監督は振り付けも担当したアダム・シャンクマン。さすがに踊りが分かっている人だけあって、ダンスの見せ方が上手い。個人の芸だけに寄りかからず、映画としての見せ方も心得ていて、楽曲をどれも楽しく撮り上げています。僕個人が特に気に入ったのは『Run and Tell That』。歌も踊りも学校の教室から街に飛び出す『ウエスト・サイド物語』(1961)を彷彿とさせる場面は、生きるエネルギーが火花を散らして素晴らしい。ここでのイライジャ・ケリーのキレのある歌と踊りも目を引きます。が、彼だけでなく歌って踊れるキャストを揃えている為、映画を通して安心してミュージカルを楽しめます。


話題だったジョン・トラヴォルタは踊りも優雅。肉襦袢を付けた肥満女性の役でも足取り軽やか。『恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(1989)以来の歌を披露するミシェル・ファイファーも、『X-MEN』シリーズのジェームズ・マースデンも、とにかく皆、達者なこと。それに忘れてはいけない。主人公のトレイシーを演じた、これでデヴューのニッキー・ブロンスキーの堂々たる歌唱力と演技も、観もの聴きものとなっています。


『ヘアスプレー』は近年にない、楽しく力強いミュージカル映画としてお薦めです。


ヘアスプレー
Hairspray

  • 2007年 / アメリカ、イギリス / カラー / 117分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG for language, some suggestive content and momentary teen smoking.
  • 劇場公開日:2007.10.20.
  • 鑑賞日:2007.10.20./TOHOシネマズ ららぽーと横浜3 ドルビーデジタル上映での上映。公開初日の土曜20時45分からの回、401席の劇場は3割程度の入り。
  • 公式サイト:http://hairspray.gyao.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、キャストへのインタヴュー動画、来日時の動画、トレイシー役決定の瞬間動画、振付師真島茂樹によるダンスレクチャー、『You Can't Stop the Beat』ミュージック・クリップなど、内容もりだくさん。