ゼア・ウィル・ビー・ブラッド


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

20世紀初頭のカリフォルニア。石油採掘業者のダニエル・プレインヴュー(ダニエル・デイ=ルイス)は幼い1人息子のH・W(ディロン・フレイジャー)を連れ周り、各地で商談を行っていた。ある日、ポールと名乗る青年から「故郷に石油が眠っている」との情報を手に入れ、小さな町リトル・ボストンに向かう。作物も育たない痩せ衰えた荒野に石油が眠っていると確信したプレインヴューは、次々と土地を買い占め、仲間を引き連れて掘削施設を作り上げ、石油を掘り当てる。だが、この地に住む若く狂信的な牧師イーライ(ポール・ダノ)との対立が深まっていく。


映画の冒頭。不協和音を奏でる弦楽器が大音量で鳴り響く中で、荒涼たる原野が映った瞬間、ギョルギィ・リゲッティが鳴った『2001年宇宙の旅』(1968)を想起しました。台詞の無い20分間で静かでありながら緊張感たっぷりの展開を見せつけ、いきなり観客を圧倒する点でも共通しています。あちらは無音の虚空を進む旅を描いたのに対し、こちらは個人の虚無的な内的宇宙の旅を描いたもの。本作では黒々としたモノリスの代わりに、ダニエル・プレインヴューという男が常に映画の中心にそそり立ち、圧倒的存在感を放っています。


映画は石油で巨万の富を築いた男の半生を描くもの。脚本も書いているポール・トーマス・アンダーソンの演出も、予想通りに力が入っています。しかしながら、過去の作品と違って正統派そのものなのに軽い驚きを覚えました。素早いカッティングや縦横無尽のキャメラワークは影を潜め、長回しを伴うじっくりした移動撮影を組み合わせ、富の成功と裏腹に、自らを闇に閉じ込めていく主人公の行動をダイナミックに追って行きます。前作『パンチドランク・ラブ』(2002)は見逃したのですが、『ブギーナイツ』(1997)や『マグノリア』(1999)とはかなり違った作風です。


この2作がマーティン・スコセッシロバート・アルトマンの影響が色濃い群像劇とするならば、本作はイリア・カザンやジョン・フォードなどの往年の名監督に近い、じっくり腰を据えた力強いタッチ、などと言うのは褒め過ぎでしょうか。物語の筋書きを追うことに左程興味が無く、人物の行動に焦点を合わせている点でヌーベルバーグの影響色濃いスコセッシやアルトマンに近いのが、往年の正統派ハリウッド映画とはやはり違うのではありますが(本作は昨年亡くなったアルトマンに捧げられています)。


デイ=ルイスの豪胆な演技は、こちらも予想通りに『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002)路線。頭脳もあり、確かな技術力もあり、根性があり、執念深く、ずる賢さもある主人公は、全編ギラギラと脂ぎっています。ただ、観ていると単純な強欲そのものというより、どこか虚無的なところが興味深い。わざと人に嫌悪感を抱かせ、遠ざけるような振る舞いさえしているように見えます。それが自分を不利な状況に追い込むと知っていても。強欲であっても破滅的でさえあり、暴れ馬のような自らを抑え付けられない、言いようの無い孤独感を漂わせているこの男は、映画の主人公として大いに魅力的です。終盤には巨大で豪奢な屋敷に閉じ篭り、大切であった筈の絆さえ断ち切り、徹底した傍若無人を振舞ってしまう。キャメラは屋敷から一歩も外に出ることなく、遂には映画自体、ブラックホールのような彼の中に吸い込まれてしまいます。この主人公は長い間、記憶に残りそうです。


知っている役者はデイ=ルイス、若く野心的な牧師役ポール・ダノ、主人公の片腕役キアラン・ハインズ、主人公の腹違いの弟役ケヴィン・J・オコナーだけですが、彼らだけではなく出演者全員が素晴らしい。脇役は皆、土の匂いがするというか、土着の香りがします。聞けば役者だけではなく、現地のエキストラにも大勢出てもらっているとか。それが大きな効果を上げているようです。


主人公が息子として育てる幼い子供役ディロン・フレイジャーも素晴らしい。石油採掘事故の巻き添えで聴力を失い、自分の殻に閉じこもってしまうのは、父親と重なるだけではなく、『ブリキの太鼓』(1979)の主人公オスカルとも通じるものがあります。この子の顔立ちが、自ら成長をやめてしまった少年を演じたダーヴィット・ベネントを思い出させました。


映画には幾つもの見事な場面が用意されています。先に挙げた冒頭の20分、油田火災のシークェンス(レディオヘッズのギタリスト、ジョニー・グリーンウッドの原始的音楽も強烈な聴きもの)、パイプライン建設のために教会でプレインヴューが懺悔する場面、終幕の成長した息子との場面など。どれも演出、演技、撮影、音楽などが一体となって作り上げた場面です。


比較的低予算の映画なのですが、2時間半以上の大作は風格も兼ね備えています。好き嫌いを通り越して、主人公の荒れた心象風景と、そこに巣食うドス黒い心理を、広大な荒野に眠る石油にダブらせ、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は圧倒的迫力です。


ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
There Will Be Blood

  • 2007年 / アメリカ / カラー / 158分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated R for some violence.
  • 劇場公開日:2008.4.26.
  • 鑑賞日:2007.4.26./TOHOシネマズ ららぽーと横浜9 ドルビーデジタル上映での上映。公開初日の土曜20時30分からのレイトショー、115席の劇場は4割程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.movies.co.jp/therewillbeblood/ 予告編、プロダクション・ノート、キャスト&スタッフ紹介、各界著名人のコメント、サントラ視聴など。