つぐない


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1935年夏、イングランド。政府高官であるジャック・タリスの屋敷では、家長不在で一家が集まっていた。想像力豊かな作家志望の末娘ブライオニー(シアーシャ・ローナン)は、姉セシーリア(キーラ・ナイトレイ)と使用人の息子ロビー(ジェイムズ・マカヴォイ)の関係を誤解してある嘘をつき、結果的にセシーリアとロビーの仲を引き裂いてしまう。4年後、ロビーはフランスの最前線に送り込まれ、セシーリアの元に帰ろうとする。セシーリアは家を出て看護師となり、成長したブライオニー(ロモーラ・ガライ)は自らの罪を償おうとするためか、自らもまた看護師となっていた。


「Come back to me.」という台詞がキーラ・ナイトレイから発せられた瞬間、脳裏に浮かんだのは同じ台詞を恋人にしたためた手紙で言う『コールド マウンテン』(2003)でした。あちらも戦地に向かったジュード・ロウに、残されたニコール・キッドマンが言うもの。正攻法の反戦映画であり恋愛ドラマだったあちらに対し、こちらは正攻法と見せかけてかなりの変化球映画です。


イアン・マキューアンのベストセラー小説『贖罪』の映画版『つぐない』は、全部で3部に分かれています。第1部は1935年のうだるような夏の1日を描いたもの。第2部はその4年後。第3部は現代。上映時間2時間強の映画において、第1部は1時間ほどあり、そこではじっくりと登場人物たちの心理が描かれています。


正直に言って、第1部は評価が難しい出来です。環境音を模した緊張感のあるダリオ・マリアネッリの音楽に乗って、ブライオニーを追い駆けるキャメラワークによる導入部は素晴らしく、傑作の予感さえありました。しかしその後はどうにも鈍重な感が否めません。同じ事件も人物によって違って見えるという繰り返しの技法は面白いものの、果たして必要だったのかどうかは少々疑問に思えました。これも終幕から逆算してみて、ではありますが。但し随所に素晴らしい映像があり、見所の1つさえなっています。暗闇に浮かぶ男女の姿など、はっとさせられます。また絵画的でありながら動的な映像スタイルは、この監督ジョー・ライトの前作『プライドと偏見』(2005)も同様だったことを思い起こさせます。


続く第2部は、戦地でのロビーの視点と成長したブライオニーの視点になります。ロビーの視点では、セシーリアとの再会場面で少々メロドラマティックな描写になり、小首を傾げてしまいます。映像面で特筆すべきはダンケルクの場面。海岸は兵士で埋め尽くされ、至るところで喧騒となる。馬を射殺する兵士。回る観覧車。歌う兵士たち。そこを歩き回るロビーと戦友たちを、カメラは数分間全くの編集無しで追います。混乱した世界は現世の地獄か。映画ならではのダイナミックなスペクタクルで、これは素晴らしい。


続いてロンドンの病院で看護師として働くブライオニーの視点に移ると、日常描写は説得力あるのですが、とある重要な場面ではどうにも違和感があります。作品全体を通してのばらつき、語り口の違和感は何なのであろうか、と。


しかし時空を越えて物語が現代になり、そこで解き明かされる真実によって、僕は大いに衝撃を受けました。それまで観ていたものが一変する作りは、一瞬にして受け入れられるものなので、驚きは無くとも、映画を観終えてからも長く尾を引きます。音楽さえも伏線になっている映画は初めてです。このラスト10分間の大仕掛けで、映画の価値がぐんと上がりました。つい先日亡くなったアンソニー・ミンゲラ(『イングリッシュ・ペイシェント』(1996)、『コールド マウンテン』の脚本家・監督)演ずるインタヴュアーの前で披露される真実。ヴァネッサ・レッドグレイヴの滋味溢れる演技によって、長く記憶に残る、静謐でありながら苦味のある鮮烈な場面となっています。


物語を語るとはどのようなことなのか。物語るというのは嘘を付くということでもあるのか。上質な文学とは、すんなり飲み込めるものではなく、どこか引っ掛かるなものとするならば、これは上質な文学でもある映画ではないでしょうか。原作は未読ですが、映画と文学の、これはひょっとして幸福な出会いと言えそうです。


役者は総じて高いレヴェルで演技をしていますが、キーラ・ナイトレイの痩せ過ぎドレス姿は、個人的には余り頂けませんでした。『つぐない』などという生易しい語感ではなく、原作同様の『贖罪』の方が語感としてはぴったりです。


つぐない
Atonement

  • 2007年 / イギリス、スペイン / カラー / 127分 / 画面比1.85:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated R for disturbing war images, language and some sexuality.
  • 劇場公開日:2008.4.12.
  • 鑑賞日:2007.4.13./TOHOシネマズ ららぽーと横浜5 ドルビーデジタル上映での上映。公開日翌日の日曜18時15分からの回、126席の劇場は7〜8人程度の入りとは少々寂しい。
  • 公式サイト:http://www.tsugunai.com/ 予告編、プロダクション・ノート、キャスト&スタッフ紹介など。