ボーン・アルティメイタム


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

イギリスのガーディアン紙に、記者サイモン・ロス(パディ・コンシダイン)によるCIAの極秘計画を暴く記事が掲載された。記事には計画に携わった者の名前として、工作員ジェイソン・ボーンマット・デイモン)があった。ボーンを追うCIA対テロ極秘調査局長ヴォーセン(デヴィッド・ストラザーン)は、ロスの監視と追跡を手配する。一方、記憶喪失のままCIAから逃亡中のボーンは、自らの失われた記憶を取り戻すべくロスへの接触を試みる。


記憶を失った元CIA工作員の過去への探索を描くアクション・スリラー3部作完結編は、期待通りの出来栄えです。ダグ・リーマン監督による第1作『ボーン・アイデンティティー』(2002)は、動けるアクション・スターとしてのマット・デイモン発見と、リアルなアクション描写(スパイ映画本家の007への影響までありました)という2つの驚きはあるものの、全体に段取り的な映画でした。ところがアイルランドのジャーナリスト出身であるポール・グリーングラス監督にバトンタッチした第2作、『ボーン・スプレマシー』(2004)では、全編緊迫感に満ちたアクション・スリラーの究極系とでも呼ぶべき傑作へと変貌。手持ちカメラ多用と細切れ編集という凡人監督が好む手法を用いながら、的確且つ臨場感溢れる描写で埋め尽くし、全力疾走で2時間弱を乗り切ったのです。


画面が常にぐらぐら揺れるに加えて細かいショット繋ぎが続くという、単にめまぐるしいだけで何が起きているのやら分からなくなるのが、昨今のハリウッド大作アクション映画の悪しき流行。しかしグリーングラスは、一見ただ乱暴なドキュメンタリ・タッチのようでいて、実は的確なカメラ配置と編集により、この陥穽に陥りません。どこで何が起きているのか瞬時であっても明確にすることによって、迫力も緊張も盛り上がることを知っています。


グリーングラスが続投した本作では、その路線は継承されるどころか、むしろパワーアップしています。筋運びに全く無駄が無く、アクションとサスペンスのみで構成されているかのような作り。ショット繋ぎの細かさは前作以上。めまぐるしく切り替わる情報の連打は観客へのパンチとなり、もはや暴力寸前です。しかしぎりぎりのところで踏みとどまり、語るべき内容をきちんと語っている映像表現の手法として確立されています。


映画には素晴らしい場面が幾つもあります。特に優れている場面を2つ挙げましょう。1つは前半にあるロンドンはウォータールー駅での追跡。もう1つは中盤のタンジールでの殺し屋を巡る追撃戦転じて肉弾戦。それぞれ緊張感がみなぎりアドレナリンが噴出する、手に汗握る場面となっています。特に前者での記者ロスとボーン、CIAが繰り広げる頭脳戦が交錯する緊張感と圧倒的迫力は、近年稀に見るスリリングな出来栄えと言っても過言ではありません。恐らくはエシュロンなのでしょう、全世界を網羅する通信監視システム(特定語句を携帯電話やEメールなどの通信にて使った人物を、即刻監視・調査する)を登場させ、言論への監視・弾圧に対する恐怖と怒りが込められた骨太な演出は、一見に値します。


冒頭から張り詰めた状態で駆け抜ける本作は、前作のような爆発的クライマクスは用意されていません。代わりに用意されているのは、殺人兵器ボーンと「父親」との再会です。ここで映画は2作を通じて初めて緊張が弛緩します。その後すぐに緊張を取り戻しますが、それも小ぶり。これはドラマを描く優れて計算された演出です。ボーンの旅はここで終結し、第1作冒頭と第3作最後を映像で円環のように繋ぎ、過去への決別と新たな未来を予感させます。ジュリア・スタイルズ演ずるCIA工作員ニッキー・パースンズがふと浮かべる笑みに、観客は安らぎと同時に別れの寂しさを感じることが出来るのです。知性ある監督グリーングラスは抑制された演出を最後に披露し、余韻を残すことに成功しました。


益々孤独を深め、台詞も無くなり、身体の動きだけでボーンを演ずるマット・デイモンは絶好調。『ボーン・アイデンティティー』を見直すと、当時のあどけなさと純真さの残っている顔付きと本作との落差に驚かされます。作品を重ねるごとに暗く険しい、疲れた顔付きとなり、これが映画に合っています。自分探しの旅を始めるボーンには、5年前のマット・デイモンでなくてはならなかった。長年の探索と逃亡に疲れ切ったボーンは、現在のマット・デイモンでなくてはならなかったのです。


ボーン抹殺に執念を燃やすデヴィッド・ストラザーンの冷酷役人振りと、CIA長官役スコット・グレンが演じる底知れぬ闇は、巨悪の象徴としての組織を体現しています。また、無名の役者たちが演じる暗躍する殺し屋たちも、このシリーズならではの魅力です。


このシリーズで特徴的なのは女性たちの描き方です。第1作のフランカ・ポテンテや、全作出演のジュリア・スタイルズ、前作に引き続き出演したCIA管理職役ジョーン・アレンらは、どれも個性的だけれども地に足が付いている役どころ。特に後者2人が演じる役は私生活がまるで分からないものの、皆共通して人間味が感じられます。対して男たちは、同じCIAに属していても人間性が欠落してしまった存在として描かれているのが面白い。


これでひとまず打ち止めとは残念ですが、マット・デイモンポール・グリーングラスも、数年後の続編製作に含みを持たせています。自分探しの旅は終結したのですから、新たな視点で描かれるボーンの活躍ならば楽しみにしたい、と言っておきましょう。


ボーン・アルティメイタム
The Bourne Ultimatum

  • 2007年 / アメリカ / カラー / 115分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for violence and intense sequences of action.
  • 劇場公開日:2007.10.27.
  • 公式サイト:http://bourne-ultimatum.jp/ マット・デイモン来日記者会見模様、予告編・TV-CM、3作全てのエンドクレジットに流れるモービーによる主題歌『Extreme Ways (Bourne's Ultimatum)』音楽クリップなど。音楽クリップをフルコーラスで観られるのは、他の映画サイトでもやってもらいたいもの。