ブレイブ ワン


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

現代マンハッタンでラジオ・パーソナリティーをしているエリカ(ジョディ・フォスター)は、セントラルパークで婚約者と散歩中に暴漢たちに襲われた。3週間後に昏睡から目覚めた彼女は婚約者の死亡を知る。精神的外傷を負って外出すら恐怖を感じるようになったエリカは、護身用として不法に銃を入手する。ある日雑貨屋で強盗に出くわした彼女は、強盗を撃ち殺してその場を去る。やがて街にはびこる悪を次々と殺して回るのだが。


愛する者を暴漢に襲われた主人公が、銃を片手に街のダニ退治に乗り出し、それがマスコミを謎の自警団として賑わす。既に各媒体で指摘されているように、これはマイケル・ウィナー監督、チャールズ・ブロンスン主演のハードボイルドアクション、『狼よさらば』(1974)の現代版と呼べるプロットです。これを何故アイルランドの監督ニール・ジョーダンが選ばれたのか、映画を観るまでは全く分かりませんでした。製作総指揮も兼ねているジョディが、ジョーダンの傑作『クライング・ゲーム』(1992)を好きだと公言していたから? それもあるでしょうが、これが実際に映画を観ると、見紛う事無きニール・ジョーダン映画となっています。


僕個人のニール・ジョーダンの印象と言えば、『狼の血族』(1984)、『モナリザ』(1986)、『クライング・ゲーム』、『ことの終わり』(1999)と、人間の心理に対してスリリングに踏み込む、そして登場人物が新たに心理的異世界に踏み込む様を描く、上質な映画を撮る監督です。そこに優しさを忘れてないので、苦味がありながらもどこか口当たりの良さも残ります。『マイケル・コリンズ』(1996)という真っ当な伝記映画の力作もありますが、むしろジョーダンとしては異色でしょう。


闇の世界に堕ちたヒロインの内面を描いた本作はどこか幻夢的であり、これがニール・ジョーダンらしい。昼間から恐怖に襲われる心理を、克明且つどこか非現実ですらあるようにも描く離れ業は、この監督の本領発揮でしょう。アイリッシュ的幻想世界の素質が、都市と暴力という現実世界を扱う素材と出会って化学反応を起こすとは、ちょっとした驚きです。謎の処刑人を追う刑事(テレンス・ハワード)との物語も、普通の映画ならば狐と狸の化かし合いになるのでしょうが、そうはなりません。都会の孤独の中、そっと寄り添う2つの魂として描かれています。


魂の1つ、エリカ役のジョディは期待通り。役柄からすると女性である必然性は薄い。しかも連続殺人を犯していく女性という難しい役どころを、観客に感情移入さえさせる説得力のある演技で表現出来ている。この人の中性的で緊張感のある演技は、同世代の他の男女優を一切寄せ付けません。またスリラーは彼女の実力を見せ付けるのに格好のジャンルなのでしょう。素晴らしい演技ではありますが、例えば『マーヴェリック』(1994)のような肩の力が抜けたようなコメディも、たまには観たいものです。


もう1つの魂、刑事役テレンス・ハワードは勢いと上手さのある俳優です。『ハッスル&フロウ』(2005)のポン引き、『クラッシュ』(2004)のプロデューサーと、どれも多彩な演技。本作の刑事役はこれみよがしに派手ではなくとも、現実に疲弊しながら生きる活力が身体からにじみ出て、素晴らしい。


現代ハリウッドの主流であるプロット中心の映画ではなく、達者な役者達によって浮き彫りにされた人物模様を中心に添えたことにより、製作者達はこのラストを選んだのでしょう。どうしたら良いのか彼らも考えあぐねたような印象さえ受けますし、正直に言って少々難があるとの思いは禁じ得ません。救済を選択した作者達の気持ちが分かるものとなっています。


難点こそあれ、癒されることの無い深い傷を負ったヒロインの心の旅として観ると、印象的な映画には違いありません。


ブレイブ ワン
The Brave One

  • 2007年 / アメリカ / カラー / 122分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):R-15指定
  • MPAA(USA):Rated R for strong violence, language and some sexuality.
  • 劇場公開日:2007.10.27.
  • 公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/thebraveone/ 予告編、ジョディ、ジョーダンらの来日記者会見採録など、文章も充実。