あるスキャンダルの覚え書き


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

労働者階級の子供たちが通う中等学校。初老の歴史教師バーバラ(ジュディ・デンチ)は厳格な教師で、教師仲間達からも孤立していた。そんなところに新任の美人美術教師シーバ(ケイト・ブランシェット)がやって来る。華やかな彼女に心惹かれたバーバラは接近し、やがて2人は親しくなる。ところがシーバが15歳の生徒と関係を持っている様を目撃したバーバラは、これをネタにシーバを支配出来ると考えるのだが。


人は他人を傷付ける。意図しようとしまいと。


あるスキャンダルの覚え書き』は、人間の持つ愛憎、差別意識、被害者意識をえぐったスリリングなドラマです。ゾーイ・ヘラーの小説は未読ですが、話自体や登場人物の描き込みが非常に良く出来ています。


粘着質且つ冷淡。支配的で独善的。他人を傷付けることには神経が鈍磨しているのに、自らが傷付くことには過敏に反応する。そして自らが傷付けられたと思うと、当然のように相手を傷付け返す。自分が受けたダメージよりも深く。人は長年の孤独とエゴで、こんなにも醜く老いるのか。あるいは巨大なエゴゆえに、孤独となって老醜をさらすのか。シーバの事を細かに日記を付けるバーバラは膨大な量の日記をしたためており、まるで『セブン』(1995)の犯人ジョン・ドウのよう。


バーバラは階級意識を強く感じています。彼女自身はロウアー・ミドル・クラスに属しており、劇中では自分よりも上流あるいは下流階級への侮蔑と憎悪が、はっきりと前面に押し出されています。階級に囚われている意識の反発によって他人への支配欲や侮蔑、憎悪に繋がっていて、こういった描写がイギリス映画ならではのものとなっています。しかしながらこれらは日本人にとってまるで分からないというものではありません。バーバラの持つ醜さは普遍的なもの。多くの人が持っているであろう部分を虫眼鏡で拡大したかのような人物像となっていて、非常に説得力があります。


映画は現代の名女優2人の演技が最大の見ものとなっています。


バーバラを演じたジュディ・デンチは凄い。本作では立体的で魅力的な「悪役」として、強烈な存在感を見せ付けます。監督リチャード・エアとは『アイリス』(2001)でも組んでいましたが、あちらでもアルツハイマーが進行して雨の中を独りで歩く場面が印象的でした。この2本の映画を観ると、彼女が老いや醜さをさらけ出すことを恐れずに、監督を信頼しているのがよく分かります。


歳が20くらいも離れた夫(ビル・ナイ好演)と2人の子供がいるにも関わらず、どこか孤独で、衝動的に生徒と関係を持つ、無垢なところのあるシーバ。その無垢さ幼さゆえに周りを傷付けてしまう。アッパー・ミドル・クラスに属する彼女を、ケイト・ブランシェットは美しく開けっ広げで親切、生徒や教師仲間から好かれ、でも不安定で危うい、どこか子供っぽさの残る女性を演じていて、これまた巧い。巧い女優2人が出ているのに、互いの足を引っ張らずにアンサンブルになっているのがこの映画の見所ともなっています。


名舞台監督であるリチャード・エアの演出は奇をてらわずに、物語を語ること、役者達から優れた演技を引き出すことに注力しています。力みは無くとも力強いタッチにより冒頭から緊張感が張り詰めた映画は、物語が進行するに連れさらに緊張感が高まっていきます。これに貢献しているのがフィリップ・グラスの音楽。うるさいとの否定的意見の通り最初から目立っていますし、時に強引なまでに緊迫感を盛り上げようとしています。グラスらしく執拗に繰り返される硬質なガラスのような弦の音色は、個人的にはこれはこれでありかと思いました。


しかし『アイリス』でも感じたのですが、リチャード・エアの演出は役者には巧みであっても、映像は凡庸であっさりとしたもの。ここが食い足りない。変に凝れというのではありません。特にこの映画ではキャメラに官能の気配が必要なのです。バーバラがシーバに惹かれたのは、その若さと美しさにもあったのに、キャメラはそこまでシーバを捉えません。バーバラの日記の声だけで済ませています。こういったところに、映画的満腹感まで無いように思えました。


決して心地良い映画ではありません。快か不快かと問われれば、不快な映画です。それでも鋭い考察と予想の付かない展開により、観る者の目を釘付けにするサスペンス・ドラマとして、お勧め出来る作品です。


あるスキャンダルの覚え書き
Notes on a Scandal

  • 2006年 / イギリス / カラー / 92分 / 画面比1.85:1
  • 映倫(日本):R-15指定
  • MPAA(USA):Rated R for language and some aberrant sexual content.
  • 劇場公開日:2007.6.2.
  • 鑑賞日:2007.7.19./シャンテシネ3 ドルビーデジタル上映での上映。木曜19時45分からの回、192席の劇場は20人程度の入り。
  • 公式サイト:http://movies.foxjapan.com/notesonascandal/ 予告編、壁紙ダウンロード、ギャラリー等。