ブラックブック


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1944年オランダ。元歌手であるユダヤ人娘のラヘル(カリス・ファン・ハウテン)は、危険な北部から安全な南部へと脱出する途中、突如表れたナチスによって家族を皆殺しにされてしまう。復讐に燃える彼女はレジスタンスの一員となり、髪をブロンドにしてエリスと名前を変え、ユダヤの素性を隠してSS将校ムンツェ(セバスチャン・コッホ)にスパイとして近付く。だがムンツェは人間味溢れる好人物で、彼もまた家族を連合軍によって殺された男であった。ムンツェを愛してしまったラヘル/エリスは、やがてレジスタンス内部に家族を売った裏切り者がいることを知る。


インビジブル』(2000)以来のポール・ヴァーホーヴェンの新作『ブラックブック』は、祖国オランダで20数年振りに撮影した作品である。ハリウッドに招かれてスポイルされる監督が殆どの中、この人が規制に徹底して反抗して強烈な個性を失わなかったのは、非常に稀なことだった。すなわちエロティシズムとヴァイオレンス、黒い笑いに非情な展開、人間に対する突き放した冷徹な視線が前面に出ていたのだ。この映画も、ナチやレジスタンスも含めて、脇役に至るまでステレオタイプには描かれていない。ラヘルを匿っているオランダ人一家の長は、ユダヤ人の彼女に聖書を暗証するよう強要している。レジスタンス側にはユダヤ人をナチスに売り渡す者がいたし、ナチスのSSには無用な流血を避けようとレジスタンスと裏で手を結ぼうとする者もいた。見るからに悪役面の悪役ナチも、歌やピアノが上手な音楽好きで陽気、愉快で愛すべき面もある。白と黒ではない、人間は灰色だとする見方は、この作品に奥行きを与えている。


映画はヒロインが1956年10月にイスラエルキブツにて過去を回想する構成となっている。「1956年10月」と言えば・・・そして次々と受難の限りとなるヒロインの苦しみは、終わることなくいつまでも続くのだ。


と、こう書くとかなり深刻なようだが、実際『ブラックブック』は徹底した娯楽映画となっている。オランダ語、ドイツ語、英語と各国語が飛び交う紛れも無いヨーロッパ映画は、犯人探しあり、アクションあり、サスペンスあり、裏切りあり、ラヴストーリーありと、波乱万丈のヒロインの生き様を描いた極めてテンポの速いスリラー。元々ヴァーホーヴェンはテンポの速い作風だったが、渡米後の『ロボコップ』(1987)、『トータル・リコール』(1990)、『氷の微笑』(1992)、『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997)などを撮った経験によって、ヨーロッパ映画の肌合いを持つハリウッド風娯楽映画を作り上げることに成功している。


ヴァーホーヴェンと旧友ジェラルド・ソエトマンの脚本は、全体に緻密な展開とは言えない、猥雑で豪胆なもの。しかしながらタイトルのブラックブックも含めて史実を詰め込み、10分ごとに何かが起こるよう、次から次へと危機また危機の展開を用意して飽きさせないだけではなく、細かい伏線もさりげなく周到に張っておく。後半になってそれらが次々と生きてくるのは観ていて中々の快感だ。


それにしても、人間の多面的な本性という己の考えを描きながら、動的な脚本に猥雑で豪胆な演出を加え、徹底した娯楽スリラーに仕立ててしまう力量は凄い。齢70に近付こうともパワー弱まることを知らず。体制的ハリウッドの呪縛から解き放たれた映画界の暴れん坊は、祖国に戻って活き活きとしている。


ヴァーホーヴェンが惚れ込んだというラヘル役カリス・ファン・ハウテンは、存在感満点のヒロイン役にぴったりだ。白い肌と凛とした目により、次々と降りかかる受難を汚らわしく感じさせない。清潔感のある彼女の起用は大成功と言えよう。こうなると好演している脇役陣は陰が薄くなるのはやむを得ない。『善き人のためのソナタ』(2006)でも印象的だったセバスチャン・コッホでさえそうだ。これはカリス・ファン・ハウテンというスター誕生の映画でもあるのだから。



ブラックブック
Zwartboek

  • 2006年 / オランダ、ドイツ、ベルギー、イギリス / カラー / 145分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated R for some strong violence, graphic nudity, sexuality and language.
  • 場公開日:2006.3.24.
  • 鑑賞日:2007.3.31./テアトル・タイムズスクエア ドルビーデジタル上映での上映。土曜16時25分からの回、340席の劇場はほぼ満席。
  • 公式サイト:http://www.blackbook.jp/ 予告編、配給会社宣伝スタッフblog(熱血監督来日リポートや、劇中で重要な役目を果たすキャドバリーのチョコをかじり付く監督の写真あり)、ヴァーホーヴェン来日会見&舞台挨拶&おすぎインタヴュー採録、映画に登場する用語解説など、内容もりだくさん。