パフューム ある人殺しの物語


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

18世紀のパリ。悪臭立ち込める魚市場で産み落とされた赤子は、母親に見殺しにされそうになるものの間一髪助かり、ジャン=バティスト・グルヌイユと名付けられる。彼は何キロもの先の匂いを嗅ぎ分けられる、この世に2人と居ない能力の持ち主だった。孤児院でつまはじきにされ、孤独な青年へと成長したジャン=バティスト(ベン・ウィショー)は、ある日、赤毛の少女の匂いに魅せられる。ジャン=バティストは驚いた少女を誤って殺害してしまうが、甘美なその匂いを捉えることに取り付かれ、香水師バルディーニ(ダスティン・ホフマン)に弟子入りすることとなる。


パフューム ある人殺しの物語』の原作であるパトリック・ジュースキントによるベストセラー小説は未読ですが、まずはこれだけ破天荒な物語を考え付いた点を褒めたい。人間離れした異能の主人公に猟奇連続殺人事件、終幕の驚べき趣向にラストの展開と、数奇な運命を辿る主人公のアンモラルな行動を描く寓話であり、神話的スケールを目指した野心作です。『ラン・ローラ・ラン』(1998)で一躍注目を浴びたドイツの監督トム・ティクヴァの演出は、色彩感豊かな映像も含めてかなり力が入ったもの。自身が作曲家の1人としても参加しており、サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィル演奏の起用と、音楽も重要視しています。寓話的な内容をユーモアを交えつつ壮大に映像化していて、それはそれで良いのですが、それでも成功作と言い難いのは、生真面目さが裏目に出ていて、肝心のエロスが欠落しているからです。


最初の殺人の後、裸に剥いた赤毛の少女の匂いを嗅ぐ場面や、いきなり目の前でジャン=バティストが作った香水の醸し出す至福の匂いに包まれるバルディーニの描写などあるのに、画面からはどうにもエロスが匂い立ちません。


ジャン=バティストはまるで性=生=エロスに興味が無く、単に「匂い」にだけ執着します。動物の死骸や金属からも匂いを抽出しようとし、しまいには美少女の匂いを香水にしようと連続殺人を犯していき、裕福な商人(アラン・リックマン)の赤毛の愛娘(レイチェル・ハード=ウッド)の甘美な匂いに憑かれ、彼女を付け回して狙う展開となります。


このような主人公なのですから物語が死=タナトス志向なのは当然なのに、彼が「匂い」に取り付かれる根源的な感情が画面から伝わらない。彼にとってはタナトスこそエロスなのだから、そのタナトスをエロスとして描くのに失敗しているようでは、観客を単なる傍観者にするだけとなります。これは、やはり匂いを映像化するのは難しい、映画というメディアの限界でもあるのでしょうが、トム・ティクヴァ自身がエロスに興味が無いのではとさえ思わせる、演出力そのものの限界でもあるのでしょう。ただ裸体を多く出せば良いというものではありません。


不遇な生い立ちゆえ、人間らしさが欠落してしまったジャン=バティスト役ベン・ウィショーは、口数も表情の起伏も極端に少ないながらも、狂気をちらり見せる中々の熱演でした。ダスティン・ホフマンは軽妙且つユーモラス、愛娘を謎の殺人犯から守ろうとする父親役アラン・リックマンはシリアス。この2 人のヴェテランは堅実な演技を披露していました。


パフューム ある人殺しの物語
Perfume: The Story of a Murderer

  • 2006年 / ドイツ、フランス、スペイン / カラー / 147分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated R for aberrant behavior involving nudity, violence, sexuality, and disturbing images.
  • 劇場公開日:2006.3.3.
  • 鑑賞日:2007.3.18./ワーナーマイカルシネマズつきみ野7 ドルビーデジタル上映での上映。日曜21時20分からのレイトショー、199席の劇場は20人程度の入り。
  • 公式サイト:http://perfume.gyao.jp/ 予告編、バーチャル調香ラボ、永遠の美の香りコンテスト、「究極の香りコロジー」ブログ、監督&キャストらの来日インタヴュー動画など、内容はかなり盛りだくさん。話題になったテレビCFもあり。