それでもボクはやってない


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

フリーターの金子(加瀬亮)は面接に向かう途中、満員電車の中で痴漢と間違われ現行犯逮捕されてしまう。容疑を否認する金子は具体的証拠も無しに刑事裁判にかけられることに。母(もたいまさこ)や親友の斉藤(山本耕史 )、元裁判官の弁護士(役所広司)らの支援を受けながら、無実を訴えるが。


周防正行11年振りの新作は、痴漢冤罪裁判を題材にした映画。いや、日本の刑事裁判そのものを題材にした映画と言って良いだろう。住職を描いた『ファンシィダンス』(1989)、学生相撲を描いた『シコふんじゃった。』(1991)、社交ダンスを描いた『Shall we ダンス?』(1996)に連なる周防作品らしく、着眼点がユニークである。映画を観る前はブランクの長さが気になったが、実際に観てみるとそんなことは全く感じさせない。才気だけではなく、映画監督としての基礎体力が失われていないのは喜ぶべきこと。2時間20分以上の長丁場をだれることなく見せる。


それにしても今までのコメディ・タッチから一転して、笑いを抑え目にした真っ向勝負とは意外だ。今回は法廷という閉ざされた空間を描き、日本の刑事裁判の不条理さを強く訴えている。メッセージ性が前面に押し出されている点でも、今までの周防作品とは趣きが異なっている。


僕の持つ日本の裁判に対するイメージとは、被害者・被告といった一般市民をないがしろにして淡々と進行し、個々のケースの吟味を余りせずに、過去の判例を基に裁判官が判決を下すという、人間性に乏しいもの。裁判官の人手不足によりそのような問題がある点も劇中で触れられているが、この映画における裁判の世界とはそういったイメージそのものだった。


がっちりとした構成だけではなく、作り込まれた周防正行らしい特徴は健在だ。留置房や裁判所の様子、手続きの実際など、細かいディテールを積み重ねてリアリズムを重視し、一種ハウトゥものとしても楽しめる点。また、役所広司演じる人権派弁護士を解説役を据え、瀬戸朝香演ずる新人弁護士に女性としての痴漢に対する反応を見せるなど、多彩で明確な人物配置が明確な点などが、特徴として挙げられる。これら登場人物像が人間臭いだけに、刑事裁判システムの無機質さが際立つ。笑いこそ減れども、脚本家・監督を兼任する周防正行らしい映画として揺らぎは見られない。


個性的な脇役が多い中、主人公が普通の人なのも周防作品らしい。主人公の眼は観客の眼でもあります。その彼が劇中で着る白シャツは無実を表しているだけではなく、どんな色にも染まる不特定多数の代表だからでもあるように思えた。カフカ的不条理な恐怖の体験をする主人公を演じたのは、『硫黄島からの手紙』(2006)でも好演していた加瀬亮。前作で初めて知った役者だが、今作は主役ということもあってその力量が分かりやすい。どこにでもいるように見える若者の苦闘と葛藤をさらり演じていて印象に残る。よく出来た脚本と上質な演技により、どこにでも居そうな若者を通して裁判を描く試みは成功した。


一箇所だけ後半に映画として効果的な展開があったのだが、惜しむらくはそれ以外に驚きに乏しい。自分の知識や想像していたものとの合致さえあれ、それ以上のものは殆ど見つけられなかった。逆に言えば今まで刑事裁判に全く興味の無かった人、殆ど実情を知らなかった人にとっては、異様な世界としての驚きがあるだろう。そういった人にこそ、観てもらいたい映画だ。


淡々としているようで実はふつふつとした静かな意思表明が流れる『それでもボクはやってない』は、社会派娯楽映画として一見の価値がある作品である。


それでもボクはやってない
Even So, I Didn't Do It (aka: I Just Didn't Do It)

  • 2006年 / 日本 / カラー / 143分 / 画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):(未公開)
  • 劇場公開日:2007.1.20.
  • 鑑賞日:2007.2.5./ワーナーマイカルシネマズつきみ野2 ドルビーデジタル上映での上映。月曜12時35分からの回、161席の劇場は30人程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.soreboku.jp/ キャスト・インタヴュー、周防正行blog、裁判のいろはなど、多彩なコーナー。