サンキュー・スモーキング


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

僕の名前はニック・ネイラー。タバコ業界の顔であるスポークスマン、いわばロビイストだ。ブロンドの髪に飛びっきりの笑顔、巧みなディベート術で、相手を煙に巻く忙しい日々を送っている。自分の売名行為の為に嫌煙運動を繰り広げる議員と闘い、映画業界を味方にすべくハリウッドに乗り込み、自分が癌になったので訴訟を起こそうとする初代マルボロマン相手に賄賂を掴まそうとし、見事なオッパイを持つ美人ジャーナリストとねんごろになり、今日もあちこち飛び回るのさ。元妻のところにいる愛すべき息子ジョーイを仕事に連れ回すこともある。だって父親が働いている姿を見てもらうのは大事だろ?自分で言うのも何だけど結構凄腕なので、今や世間では悪の手先と言われている。だから酒業界、銃器業界のロビイスト仲間の友人たちとは週に一度集まって「モッズ(Marchant Of Deth=死の商人)特捜隊」を名乗り、お互いにグチを並べたり死者数を競ったりしているんだ。ところが順風満帆だった僕のキャリアも、とうとう絶対絶命のピンチに陥りそう。いよいよダメか?


ざっと述べると、『サンキュー・スモーキング』の内容はこんな感じになる。


カントリー・ソング調の主題歌と、タバコの箱をモチーフにしたオープニング・タイトルのデザインからして、楽しい導入部。一般的な標語「喫煙をご遠慮願います=Thank You for No Smoking」を皮肉った原題「Thank You for Smoking」からして愉快なコメディは、これが新人監督の長編デヴューとは思えぬ出来栄え。単に映画が面白いだけではなく、有望な新人とそれに合った素材から生まれた映画自体の幸福に、思わず顔もほころんでしまう。ジェイソン・ライトマンの脚本&監督作品は、軽いフットワークにも関わらず浮かれることなく着実。外す事無くスパイスを効かせたユーモアと軽妙なテンポにより、秀作に仕上がった。


クリストファー・バックリーのベストセラー小説『ニコチン・ウォーズ』は未読だが、分厚い文庫本の原作を1時間半に収めた脚色が素晴らしい。かなり思い切った脚色をしたと思われる映画版は、アメリカらしいディベート文化そのものに対する皮肉と、ニックとその息子ジョーイの関係に主眼に置いたものになっている。


ディベートとは、論理的な展開で第三者を納得させる知的論争術のこと。アメリカで盛んなのは大統領選挙などで日本にも伝わって来る。映画はあちこちにディベートをおちょくっているようで可笑しい。主人公ニックが、不利な議題もいつの間にか論旨をすり替えることによって形勢逆転に導く様など、かなり面白く出来ている。言わば情報操作でもある。でもこういったことが現実で行われているのだとしたら?だとすると、現実世界で騙されているのは、映画を観て笑っている観客も含まれることになる。笑いの矛先は観客たちにも向けられているのだ。


控え目な性格のジョーイが、父の影響と教育で才能を開花させていくのもユーモラス。アメリカ映画の伝統である「父と息子もの」の王道を行きながら、嫌味にならない程度の皮肉で味付けしており、秀逸である。結構辛口の映画なのに観終えた後に後味爽やかなのは、この匙加減が絶妙だからだ。『デーヴ』(1993)という秀作こそあれど、『ゴーストバスターズ』シリーズなど全体に野暮ったい父親監督アイヴァン・ライトマンより、息子のジェイソンの方に監督や脚本家としてのセンスを感じる。


映画は的確な配役を与えられた役者たちの快演も見所だ。主役ニックを演ずるアーロン・エッカートは、『ザ・コア』(2003)や『ブラック・ダリア』(2006)など、良い役者なのに左程印象に残なかった。しかし水を得た魚とはこのこと。ハンサムなのにいささか胡散臭い容貌と人懐っこい笑顔、コミカルでリズミカルに畳み掛ける台詞回しは、映画の基調そのものとなっている。


脇役も豪華。初代マルボロマン役にサム・エリオット。今や土臭い俳優がすっかり姿を消しつつある中(ブラッド・ピットが主役の新作西部劇だって!? けっ)、この起用には思わず唸る。タバコ業界最後の大物である生ける伝説役にロバート・デュヴァルロビイスト仲間のマリア・ベロとデヴィッド・コークナー。田舎出の上院議員役にウィリアム・H・メイシー。野心満々のジャーナリスト役にケイティ・ホームズ。日本かぶれの軽薄な大物エージェントにロブ・ロウ。低予算映画でもこれだけの顔触れが揃うところが、ハリウッドの奥の深さ。また息子ジョーイ役キャメロン・ブライトも、ヴェテラン陣に負けない好演だったことも記しておこう。


1時間半という上映時間が終わるのが勿体無いと思わせる、楽しくも充実した映画としてお薦め出来る。



サンキュー・スモーキング
Thank You for Smoking

  • 2005年 / アメリカ / カラー / 93分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated R for language and some sexual content.
  • 劇場公開日:2006.10.14.
  • 鑑賞日:2007.1.05./シネマアンジェリカ ドルビーデジタル上映での上映。再上映の正月明け金曜11時30分からの回、渋谷道玄坂にある104席の劇場は6人の入り。1月26日まで上映しているので、お観逃した方はこの機会に是非。
  • 公式サイト:http://www.foxjapan.com/movies/thankyouforsmoking/ 予告篇、「実演販売の王」マーフィー岡田の動画、話術で相手を煙に巻くテクニック紹介(笑)、ブログパーツなどなど、単館上映作品にしては手が込んでいて楽しいコンテンツが盛りだくさん。