007/カジノ・ロワイヤル


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

MI6諜報員ジェームズ・ボンドダニエル・クレイグ)は、世界各地で起こるテロを追っていた。やがて彼は、モンテネグロにある超高級カジノに突き当たる。そこには数字とカジノの天才にしてテロ組織の資金の源でもあるル・シフレ(マッツ・ミケルセン)がいた。公費でポーカーに参加してル・シフレを破産させ、テロ組織について口を割らせるべく、財務省からヴェスパー・リンド(エヴァ・グリーン)を監視役に付けられ、ボンドはカジノ・ロワイヤルに乗り込む。


いつもと雰囲気をがらり変えての、モノクロで描かれる非情な暗殺場面。そしてクリス・コーネルが歌う『You know my name』と華麗なるタイトルバックは、ボンド映画久々の傑作オープニング。その後に矢継ぎ早に展開される肉体をフルに使った追撃戦の生々しさと迫力。ここには今までのボンド映画に無かったものがある。


公開前にはスペクター(ボンドの敵対組織)顔だの、洗練されていないだの、散々な言われようだったダニエル・クレイグの新生ボンドは、誰も期待していなかったのもあってか、衝撃度はかなりのもの。ここには生身のボンドが実在している。ルックスは良いものの、てんで演技に深みが無かったピアース・ブロスナンでは到底出来なかったであろう、ボンドの持つ荒々しさと繊細さが見事に表現されているのだ。鍛え上げられた肉体は歴代ボンドの中でも随一、アクションでも身体がよく動く。演技面では、生意気な口の利き方だけでなく、シャワー場面でふと見せる優しさが印象に残る。この様なボンド今までいなかった。ブロスナンが望んで果たせなかった、人間味のあるボンドの誕生だ。


この映画のボンド、殺しのライセンス007号を付与された最初の任務ということで、言わば駆け出し。登場して間もない頃は、服装だってどこか野暮ったいし、ドライ・マティーニの好みも定まっていない。そんな荒削りの男が徐々に洗練されていくまでの変化を眺めるのも、この映画の楽しみの1つだ。


監督はマーティン・キャンベル。ブロスナン・ボンド第1作『ゴールデンアイ』(1995)以来の登板だが、アクション描写は優れていても、映画監督としては大した作品を発表していない監督である。それが本作ではまるで別人のよう。急急急で進める前半に対し、中盤以降はアクションに頼っていないタッチが新鮮だ。特にボンド対ル・シフレのポーカー対決は緊張感もあり、映画の見せ場となっている。ゴージャスなカジノの描写も良い。


映画の成功は、脚本に絶好調男ポール・ハギス(『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)、『クラッシュ』(2004)、『父親たちの星条旗』(2006))、編集に『オーメン』(1976)などの名編集者にして映画監督としても秀作サスペンス・アクション『エグゼクティブ・デシジョン』(1996)があるスチュアート・ベアードという、初参加組の投入によるところも大きい。陰影に富んだ登場人物の造形と、アクションが必然であるプロット。そのアクションも、歯切れが良いだけでなく重厚。これはこのシリーズに今まで無かった要素だ。特に近年のボンド映画では、アクション場面が単なる段取りや新兵器の披露だけであり、物語の必然ではなかったのに対し、本作では階段での乱闘、ラストのヴェネツィアでの絶体絶命と、それぞれ人物関係に転換をもたらす感情的な場面ともなっている。しかもボンドが危機を打開するのは、新兵器ではなく己の頭脳と肉体だけ。これらがMTV的な細切れ誤魔化しではなく、何がどうなっているのかが分かる具体的な描写となっていて、こういう基本が出来ている映画は大歓迎だ(基本が出来ていない映画が如何に多いことかの裏返しでもある)。難を言えば終盤はやや冗長気味で、あと10分くらい短くしても良かっただろう。


ヴェスパー役エヴァ・グリーンは、アクティヴにアクションもこなす近年のボンドガールとは違い、浮世離れした美しさで線が細く、アクションでの活躍も無いが、それがこの役にはぴったり。ボンドが生涯の恋として心奪われる美女に適役だ。


007号を与えられるまでの冒頭、主題歌『You know my name』、ラストにようやく登場の決め台詞と、これは無名の諜報員が名前を得るまでの映画、熱血漢で暴走気味のボンドが冷徹で非情なボンドへと変わっていくまでを描いた映画なのである。


007/カジノ・ロワイヤル
Casino Royale