プラダを着た悪魔


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

大学を卒業してジャーナリストになるべくニューヨークにやってきたアンドレア(アン・ハサウェイ)は、一流ファッション誌『ランウェイ』の編集長専属アシスタントに就く。元々ファッションに興味が無く、1年間の経験を積んで我慢すれば望んだ会社に転職出来ると割り切るアンドレアだったが、ファッション業界内外で恐れられ、絶大な影響力を持つ「プラダを着た悪魔」こと鬼編集長ミランダ(メリル・ストリープ)の傍若無人な要求に右往左往することなる。


兎にも角にもメリル・ストリープを見る映画だ。劇中で完璧にコーディネートされた銀髪の彼女は、ファッション業界における氷の女王として貫禄十分。冷たい眼差しと口をすぼめるだけで流行を左右する、というのも納得のいく様である。彼女の要求の中で、熱々のスターバックスコーヒーや、開店前の店の焼き立てステーキを用意するのなんて、まだまだ可愛いもの。公私混同の無茶苦茶な要求は実際にご覧になってもらうとして、当然ながらヒロインのアンドレアは四苦八苦することとなり、そこに笑いが生まれることとなる。


以前のメリル・ストリープを観ると、全身から発する「私、上手いのよ」光線がどうしても気になっていた。本作の彼女はそれが抑えられている。かなり誇張された登場人物なのに、ふとした瞬間に現実がすっと忍び込む間合いは、さすがに上手い。それでも時折自己顕示光線を発している瞬間もあるが、全体としては気にならない程度だった。これが同世代の上手い大女優グレン・クローズだったら、もう少し違ったコミカルな役になったかも、などと想像するのも映画ファンの楽しみの1つである。


ミランダは自分の仕事に対して常に完璧を求め、それをスタッフにも要求する。会議では情け容赦ないコメントを叩き付け、使えないならば切り捨てる。自宅にクリーニングされたドレスを持って来させるとき、一緒に雑誌のゲラも持たせ、夜中にチェックする。政治的手腕も一流。不穏な空気を察するや、即隠密行動で事態をねじ伏せる。彼女にとって私生活と仕事の区別は曖昧で、どうやらその生活のしかた自体が彼女の生き方そのもののよう。そこまでの猛烈な仕事っぷり故に、業界ではどうやら悪く言われているようだが、劇中でも語られている通りに、これが男性だったらここまで風当たりが強くなることも無かっただろう。


最初はファッション業界なんて上辺だけで薄っぺらだ、と軽蔑の眼で見ていたアンドレアは、自分の思い上がりと仕事に対する姿勢を思い知る。彼女は美を創り出しているとのプライドを持って働く人たちに感化され、同化していく。その結果、仕事と私生活が混合され、代償として恋人や友人たちは離れていってしまう。思い上がった秀才が実社会に出て、仕事とは何たるかを学んでいくという、実は道徳的な物語がメイン・プロットなのである。そこいら辺は堅実に描かれているが、ミランダの描写に比べて破綻も無い分、面白味も薄い。デイヴィッド・フランケルの演出も特に冴えている訳でも無く、もっと切れと毒のある監督が望ましかったところだ。


それでもアン・ハサウェイのアイドル映画として十分機能しているのは収穫だろう。最初は野暮ったい格好だった彼女が、一念発起してサンプル品でいきなり美しくなる場面があり、ここではっとさせられる。終盤にも大きな展開があって再度変身することになるのだが、ここでの彼女は既に野暮ったい学生ではない。自惚れでは無い自信に満ち、服装は地味でも内面の美で輝いている。ゴージャスな上流社会の住人と庶民のどちらでも魅力的に演じていて、これは意外な拾い物。


役者ではミランダの片腕ディレクター役スタンリー・トゥッチが、アンドレアの先導役として的確。彼の存在も見所だ。


業界内幕ものとしても面白いが、華やかなファッションを眺めるだけでも目の保養になる映画である。


プラダを着た悪魔
The Devil Wears Prada

  • 2006年 / アメリカ / カラー / 110分 / 画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for some sensuality.
  • 劇場公開日:2006.11.11.
  • 鑑賞日:2006.11.11./109シネマズ川崎6 ドルビーデジタル上映での上映。公開初日の土曜15時35分からの回、317席の劇場は7割の入り。
  • 公式サイト:http://movies.foxjapan.com/devilwearsprada/ 予告篇、日本版ポスターの美脚の持ち主の正体、ゲームなど。華やかな作りが楽しいサイト。